耶馬英彦

アナザーラウンドの耶馬英彦のレビュー・感想・評価

アナザーラウンド(2020年製作の映画)
2.0
 以前、神主と書道の先生との三人で焼鳥屋で酒を飲んだことがある。二人は長い付き合いらしく、殆ど口を利かない。ただ黙ってビールを飲み、焼鳥を食べ、日本酒を酌み交わす。当方はまだ若輩だったが、特に居心地が悪いわけではなかったので、自分から話題を切り出したりせず、一緒に黙って飲んでいた。
 1時間半ほどもしただろうか。書道の先生が「ああ、酔うた」とボソっと言った。そしてまた同じようなペースで静かに飲みはじめたが、ほどなくして散会となった。このときの焼鳥と日本酒ほど美味しいと思ったことはない。若山牧水の「白玉の歯にしみとほる秋の夜の酒はしづかに飲むべかりけり」という歌が心に浮かんだ。

 本作品は4人の高校教師が普段のパッとしない生活から脱するために少量の酒を飲む実験をするという話である。うまくいくこともあるが、酒に頼っていればいずれは破綻するのは目に見えている。そのアホさ加減を笑ってばかりもいられない。この作品には悪意にも似た不穏な思想が底流にある。
 不穏な空気は音楽の教師が生徒に合唱させるシーンから感じはじめた。合唱するのがデンマーク礼賛の国家主義そのものの歌なのだ。加えて、酒を飲んだときの盛り上がり方が、日本で言えば大学生程度のノリである。コロナ禍の前までのハロウィンや大晦日やサッカーワールドカップのときの渋谷の夜みたいだ。あそこにいたのは二十歳そこそこの若者だけである。
 いい大人が酒を飲んで騒いではいけない。騒ぐのは軍隊や体育会の若者に見られるように、全体主義、国家主義のノリがあるからである。国家主義の歌を歌わせる精神性と、酒を飲んでみんなで騒ぐ精神性は、根っこは同じである。本作品が高評価を受けているとすれば、デンマークはヨーロッパでも危険な国のひとつだと言えると思う。

 本作品の飲み方と、冒頭に述べた神主と書道の先生の飲み方は対照的だ。若いときは酔っぱらえればいいと酒を飲む。本作品と同じである。しかし大人は違う。料理を食べるときには料理人に感謝し、そして素材を提供した農家や漁師に思いを馳せる。酒を飲むときには造り酒屋の努力に感謝し、酒米を育てた農家に感謝する。
 想像力がなければ他人を思いやれない。思いやりがなければ残るのは憎悪だけだ。そして憎悪は戦争に繋がっていく。ケタケタと笑う観客がたくさんいたが、当方は終始もやもやとした不安を覚えながら鑑賞した。

 デンマークの国民が想像力に乏しい国家主義者ばかりではないと信じたい。大多数は当方と同じように酒を愛し、酒を味わい、状況を愉しみながら飲んでいるに違いないと願う。酒はしづかに飲むべかりけり、なのだ。
耶馬英彦

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