inudaone

スパイの妻のinudaoneのネタバレレビュー・内容・結末

スパイの妻(2020年製作の映画)
5.0

このレビューはネタバレを含みます

もう十年近く前になるのか、仕事で90を越えた方と80代の方の対談を収録する機会があり、二人のお話を聞いているうちに気が付いたのが「しゃべり方が白黒映画時代の人たちのしゃべり方やん!」ということ。
映画で耳にする時よりも自然に聞こえたので初めは気が付かなかったのだけれど、かつては昔の映画の役者たちは独特のイントネーションで演技するよね、などと思っていたのがあれにはちゃんと当時のリアルが表れていることを思い知らされる経験をすることが出来ました。
最近になって若いころには全く興味がなかった戦争をしていたころの話を少し見聞きするようになりました。
以前はその時代を描いた映画などを見て、“現代人がその時代の人を演じている感じ”があるのが当たり前、むしろそうでないとみる方が感情移入できない、“今っぽさ”が漂っていることに何の疑問も感じていなかったのが、終戦75年を超え、当時の空気を知る方々がいよいよ少なくなってきたことを実感すると、創作の中でもあの、“当時っぽい人の空気”を意識して残していくようなことをした方が良いのでは、というようなことを思うようになりました。
日本が戦争をしていた時代を生きていない自分たちだけれども、その時代を生きていた人たちと交流のある世代が未来に何をどう伝えていけるのか、なんとなくそんなことを意識するようなってきた折にこの映画、蒼井優さんの演技。
資料や遺跡などと違っておそらく当時の空気感というのはこの先最も早く失われていくものだと思うので、この作品の蒼井優さんの“昔の人みたい”な役作りのアプローチはとても意義のあることだと思いました。
などと観てる最中は冷静な鑑賞はしてなくて、始まって間もなくから戦争知らない世代でもここまで醸せるのか、身構えていないところにパンチ食らって動揺してしまいました。
そしてそのぐらぐらした心のまま、清い昔の日本人像を信じたい人たちには否定したいであろう日本軍の非人道的行為から動き出すドラマ、憲兵、登場人物たちの猜疑心と駆け引き、覚悟、なんか心拍数が上がりっぱなしで大変。
こういう状態を心揺さぶられる、というのかというのを初めて体験しました。
そして劇場で観て良かったのが音作り。
登場人物達の居る場所の画面の外の音が絶妙なバランス、サラウンドで鳴っていました。
場面を構成する要素として凄く効果的に設計されていると感じました。
さらには映画、としか語彙のない自分には言えない、小道具として使われているというだけでなく、これ以上やるとロマンティック過ぎてしまうかもと思えるような映画的演出が折に触れて顔をのぞかせるのがまた素敵でした。
これから先の時代、この時代を描こうとするときに創作がどう向き合うのか、意欲的な試みがなされている作品だと思いました。
inudaone

inudaone