カカポ

ウルフウォーカーのカカポのレビュー・感想・評価

ウルフウォーカー(2020年製作の映画)
4.5
ガールミーツガールの物語にまた一つ
傑作が生まれた… 素晴らしかった…

狼ハンターである父とともにアイルランドの町に越してきた娘・ロビンは、立ち入りを禁じられていた森で狼になれる少女・メーヴと出会う。町の人々によって進められる森の伐採と、それに伴う父の狼駆除。ロビンはなんとかメーヴたちオオカミを助けようとするが…

アイルランドに伝わるウルフウォーカー伝説を元に"自然と人との対立"を描いた今作。起きている時は人間の少女、眠っている時は狼という二つの顔を持つウルフウォーカーと、町に暮らす人間の少女の友情という構図はどこか「もののけ姫」を彷彿とさせる。

制作のcartoonsaloonが"ポストジブリ"みたいな呼び方をされてる(日本プロモだけかもですが…)のもちょっと頷けるような自然と人の物語なんですが、絵本のような素朴さの中に深みと物語を見出すアニメーション表現の新しさは、他でもないcartoonsaloonの財産と言わざるをえないでしょう。

ケルト神話が元になっているだけあって、森の描写は神秘的な自然信仰的な面が強く押し出されており、パンフレットによると水彩画や鉛筆によるラフなタッチでその野生的な自由さを表現したとのこと。駆け巡る狼の視点を借り、光の加減で柔らかな色彩と怪しい気配のどちらも見せる木立、そして日本庭園的な技法である「借景」のようにレイヤーを重ねることでその深い奥行きを描く。
まるで絵本のように平面的な描画でありながら、画面のレイアウトや動かし方を用いて映像であることの強みを最大限に活かす。これぞまさに「画を動かす」と書いて"動画"の境地だ………

それに加えてどこを切り取っても一枚絵になるくらい、場面場面の構図が気持ちいい!一列にずらっと並んだ狼の頭、ロビンの背後に狼の影が映し出される暗い石壁、母に抱かれるメーヴのシルエット。一瞬たりとも気の抜けたカットがないから、文字通り作品に引き込まれる。

また、物語のテーマである「人と自然」というところについても、個人的には自然側であるメーヴたちの描かれ方が非常に"動物的"だったのが好印象だった。

オオカミであるメーヴたち、実は自分たちの住む森そのものにほとんど固執していないような描かれ方をしてるんですよ。むしろ森の獲得に執念を燃やしているのは人間社会側の方で。劇中では、森を守ろうとする動物という描写はなく、一方的に森を侵攻していく人間たちの貪欲さや狡猾さが強調されている。

なぜか?それは、動物は普通人間と真っ向から戦おうとしないから。エサがばら撒かれていたとしても子供が蹴散らしに来たらハトはサッサと逃げるし、山では人の気配を感じた時はクマですらそこから遠ざかる。野生動物が尊重するのはあくまで自分という個体の生存であり、そうじゃなかったとしてもせいぜい身内の群れの生存くらいでしかない。彼らにとって守るべきものは自分たちが暮らす権利を持っていた森ではなく、自分と群れの命。だからメーヴたちは人間が脅威だと分かった時点で自分たちの森を捨てることを決めていた。映画としては、あの時メーヴたちに「森を守る」って選択もさせられたかもしれないけど、それって実は非常に人間的かつ社会的な考え方なんだよね。
(まあでも対立しないと話にはならんから、お母さんが囚われの身故に見捨てては離れられないって設定にしたんだと思いますけど。それも非常にオオカミらしい性質を活かした演出だな〜と)

だからこの展開を見て、長年謎だった「もののけ姫の動物はなぜ人間と闘おうとするのか?」という疑問への答えがやっと解けた。「もののけ姫」はあくまで動物たちに社会を投影して描かれた「弱者vs弱者」の話だけど、今作「ウルフウォーカー」は動物を動物として描くことをとにかく徹底しているんだろうな〜。

動物には巨大な全体社会で生まれるプライドや矜持みたいなものも存在しない。だからこそ、メーヴたち狼の生き方は、町の暮らし(=社会)に縛られる主人公ロビンの目には自由そのものとして映る。

このロビンというキャラクターもなかなか複雑で、狼ハンターの娘としての自分と、自由なメーヴたちの生き方に惹かれる自分の狭間でアイデンティティが揺らいでいく。父が自分を典型に押し込めるのも自分を守るためだとわかっているけれど、自由を知ることで徐々に違和感と不信感も抱くようになる。一方の父も、娘を守るためだといいながらだんだんと目的と手段が逆転していく。
城壁や保護者に守ってもらう代わりに、幾分かの自由を差し出さねばならない社会という名のルール。今作のヒール「護国卿」はまさにその"社会"の化身であり、ただの一度も自分の利益について口にせず国や民のためと言いながらあんなにも傲慢で残酷なことを容易く行えてしまうのが、まさに社会そのものの性質を実によく表していて哀しかった。

真っ当に機能すれば民を守る盾となる社会が、だんだんと権力に狂い、いきすぎた正義感に溺れ、手段が目的に成り代わる。縛られ、怯え、次第に思い込みで他者を侵攻しはじめたときの人間の恐るべき暴力性。
それに対して、本能的で荒々しくありながらも他者を受け入れ傷を癒す自然。結局自然側が譲歩して立ち退かねばならなかったとしても、彼らは静かにそこを去っていく。彼らは守るものが何か見据えているから。

私は一体何を守ってこんなに必死に社会に存在しているのだろう。社会と人間の権利、社会が自然から奪ってしまった権利。
映画「ウルフウォーカー」はまさに現代に描かれた神話だ……

ということで大変に素晴らしい映画でした。今作が万が一にでもアカデミー長編アニメ獲れなかったらお天道様が許しても私はマジで許さんからな!!
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