ヨーク

海辺の彼女たちのヨークのレビュー・感想・評価

海辺の彼女たち(2020年製作の映画)
4.2
かなり面白かったんだが何が面白かったのかというと、視点の置き場所とその見せ方ではないかなという気がする。いやもちろん映画史に残るほど画期的とかそこまでのものではないけど少なくとも近年の日本の映画の中ではここから何がどのように観えるか、という視点の置き場所を強く意識させる映画ではあった。
お話としてはベトナムからやってきた技能実習生の若い女性3人が激ブラックな職場から逃げ出し、逃げ出した先で不法就労をする姿を描いたもの。ストーリーとしてはそれ以上でも以下でもないし、予告編などの事前情報でもそういうお話の映画だということは知っていたのだが映画の冒頭から結構びっくりしてしまった。というのも短いセリフのやり取りで超絶ブラックな現職場から逃げ出すのであろうことは察せられるがその後はすぐに荷物を持った3人が地下鉄に乗り、東京から離れた地方へ移動し、離島なのかどこなのかよく分からないけどフェリーにも乗って逃げ落ちていく姿が描かれるのだ。
のっけからスピーディーな展開ではあるのだが俺が驚いたのは技能実習生としてやってきた職場がどれほど酷い環境だったのか映像では見せないことですね。セリフではそこそこ語られるのだが映像での説明はなしなのだ。その代わりというわけでもないのだろうが作中でセリフとして語られる彼女たちの状況は全て日本語ではない。本作は徹頭徹尾3人の彼女たちが被写体になるので映画を構成する言語はほとんどが日本語ではない。それが作品全体に対して非常に重要な重石のようになっていて、逃げ出した職場がどれだけ酷かったのかを描かないことやいきなり逃亡のシーンから始まること、そして日本語がほとんど聞こえてこないことによって本作にはすごい異邦感があるんですよ。いきなり全く知らない場所に放り出された感があって一気に彼女たちとシンクロする。それがまず凄いっすね。
あとは不法就労をする技能実習生たちというテーマなのでガチガチに社会派な映画なのだろうと身構えるし、実際に現在の日本における外国人労働者の問題を描いている映画ではあるんだけれど、社会問題を取り上げたお説教映画というだけでなくサスペンスものとしても真っ当に面白いのだ。これはえらい。素晴らしいことだと思う。不法就労がバレるかバレないか、とか不意に理不尽な不幸が襲ってきそう、なんていう部分はわりと分かりやすくドキドキする感じになっている。そりゃまぁシネコンでかかるようなエンタメ映画と言えるほどには娯楽性は高くないかもしれんが、この先どうなるのかハラハラしちゃう見せ方になっていてそこ本当に凄いなぁ、と思いましたよ。
上で書いた異邦性というのは面白いもんで日本人である俺からすれば彼女たちにとっての外部であるはずの日本社会は慣れ親しんだもののはずなのに、本作ではそうは観えずに作中では日本人たちが理解の外にある外部に観えてくるんですね。それは彼女たちの視点で映画を撮るという見せ方が成功しているとも言えるが、言い換えれば我々が(多分、日本人だけに特有なわけではなく集団というのはそういうものなのだろうが)普段から如何に外部からの目を気にせずに完結した関係性の中で暮らしているのかを思い知らされるのだ。
視点の置き場所が面白いというのはその辺で、たとえば面白かったのは彼女たちが仕事中に日本語で怒鳴られて「ハイ!スイマセン!」って感じに委縮したりするシーンなんだけど、日本人の雇い主の方も怒鳴ってはいるものの「食べ物なんだからもっと丁寧に扱ってよ!」みたいな普通にそれはそうだよな、というもっともなことを言っているシーンもあるんですよね。これ普通に諭すようなトーンで言ってりゃ何でもないようなやり取りなんだけど雇い主の日本人は怒鳴り散らすし不法就労の3人も反射的に「スイマセン!」としか言わない。要するにコミュニケーションが取れていないんだけど、そういうことは日本人だけの職場でもよくあることではないだろうか。だから日本人の目から見ても異邦感があると同時に日常の生活感も感じてしまう。そこが両立してるっていうのがこの映画すげぇな、と思いますよ。
あと面白おかしいところは雇い主の日本人は彼女たちとコミュニケーション取る気なんてサラサラないんだけど、彼女たちに仕事を斡旋するブローカーの若い男はめっちゃ彼女たちに親身に接するんですよ。もちろん彼女たちに親愛を感じているわけじゃなく不法就労がバレると自分もヤバいから少しでも揉め事が起こらないように気を使っているだけなんだけど、その優しさがシステマチックなものだと分かりながらも怒鳴るだけの雇い主よりはよっぽど労働者というものを理解している部分はあって皮肉なおかしさはある。
いやぁ、マジで面白かったし素晴らしい映画だと思うよ。俺は歩く映画が好きなんだけど、本作でおそらく電車賃を浮かせるために寒い中で歩き続けるシーンはめちゃくちゃ良かったなぁ。
そして一番グッときたのはラストの食事シーンで、一度箸を止めた後に間をおいて一気にごはんをかきこんだシーンでした。あそこ凄い。あんなに生きる意思を感じるシーンはそうそうないと思う。その後の決断も含め、たとえ何も変わらない日常が明日もやって来るとしてもご飯は食べる、というめちゃくちゃいいシーンだったと思いますね。
ちなみに俺が観た回はたまたまPと監督の舞台挨拶があったんだけど二人ともあんまりお金に縁がなさそうで最高でした。いやそれはどうでもいいんだけど、とにかく作品はめちゃくちゃ良かったのでみんな観た方がいいと思いますよ。
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