ヨーク

ミス・マルクスのヨークのレビュー・感想・評価

ミス・マルクス(2020年製作の映画)
3.4
あのカール・マルクスに娘がいたと言われても、まぁそりゃ娘くらいいるだろうとしか思えないが、なんでも父の影響を受けて彼女自身も女性の地位向上であるとか児童労働の廃止なんかの運動を積極的にやっていたらしい。へぇーって思うじゃないですか。ちなみに俺はそのこと知らなかったんで本作の予告編を初めて見たときにへぇーって思いましたよ。俺は若い頃は頭良いのが格好いいと思ってたからポンコツな頭のくせして、難しいなぁ…と思いながらもマルクスの主著とかは呼んだんですよ。全然内容覚えてないけどな! あと当時の左派の知識人である柄谷行人だとか浅田彰だとかの本も読んでいたが、父マルクスについては微に入り細を穿つように書かれているのに本作の主役であるエリノア・マルクスについては何も書かれていなかったと思う。そこは俺の記憶が頼りにならないところでもあるが、エリノアのために1章まるまる使われていたとかは俺が知る限りは無かったはずだ。また共産主義、社会主義的な側面だけでなくフェミニズム的な角度からでも同じように例えば上野千鶴子なんかの著書でもエリノアの名前は見たことない。
と、ここまでが本作『ミス・マルクス』の感想文を書く前の前置きなのだがなぜわざわざそんなことを書くのかというとだ、まぁぶっちゃけこの映画は俺的には面白くなくて全然ノレなかったんだけど何でそういう風に感じたのかを考えると製作者側と客(というか俺)との間でエリノアに対するギャップというか認識の相違があったんじゃないかと思うんだよ。というのも上で書いたように俺はエリノアのこと全然知らなかったし、多分他の客もそんなに詳しい人はいないんじゃないかな。予告編でも「あのマルクスに彼の運動を受け継いだ娘がいた!」というところを強調するものだったからね。ただ、もしかしたら、これは俺の想像なのだがヨーロッパとかでは名前くらいは知られている存在なのかもしれない。もちろん詳しい業績なんかは知らないけどマルクスの後を継いだけどパッとしなくて不幸に終わった人、くらいのさ。戦国時代でいうならお市の方みたいに、あぁ何かかわいそうな人だったよね、くらいの感じの認識はあるんじゃないだろうか。無かったらゴメン。
というのもだね、なぜそう思うのかといえばこの映画はマルクスが亡くなってからのエリノアの活動を描いた伝記映画なんだけど肝心の彼女の社会運動に関しては全然描かれないんですよ。じゃあ代わりに何が描かれているのかというとだ、立派で崇高な理念と理想を持っている彼女であるにもかかわらず家の中のことばかりが描かれるのだ。家の外で彼女が活躍しているシーンはほとんどなくて、なんかだめんずと一緒になってしまって金ばっか使ってまともに働きもしない旦那に振り回されながらも「しょうがない人ねぇ…」って感じで彼に付いて行くところばかりが繰り返し描かれる。そこんところがですね、なんか伝記映画のよくあるパターンの一つである有名なあの人にこんな意外な一面が!? っていうものに観えたんですよ。でもそれってその対象の人物が「ご存知」であることが前提だと思うんですよ。またもや戦国時代の女性で例えるがお市の方の娘である淀殿は多くの場合は男勝りで苛烈な女性として描かれるじゃないですか。で、それを逆手にとって彼女の弱々しい部分やしおらしい一面なんかに光を当てると家康と正面からやりあったあの淀殿にこんな意外な一面が! となるわけだよ。つまり本作はある程度のパブリックイメージがあるエリノアの知られざる家庭内での面を描いた映画なのではないのだろうかと思うわけだ。
それはまぁ観ていて面白いわけないしノレないよね。だってそもそもエリノアのこと知らないもん、俺。固定化されたある人物のイメージ像を壊すということそのものを共産主義的な命題の発露として描くということがテーマなのかとか思いはするけどさ、残念ながらのその前提を共有していない俺にとってはただの退屈な会話劇だし、エリノアが抱えている問題は現代の女性が抱えているものと同じです! みたいな文句で宣伝されてもだからどうしたんだよ、そりゃ今も昔もダメ男と一緒になっちゃう女なんていくらでもいたんじゃないの、としか思えない。そこら辺がもう致命的に噛み合ってないんじゃないかなぁと思う映画でしたね。
でも別にそこまでクソつまんないわけではないしエリノアの悲劇から浮かび上がる問題提起なんかもよく分かるんだけど、なんかあるあるな共感を煽っているだけで全然グッと来ないんだよなぁ。エリノアのことを事前によく知っていたら別なのかもしんないけどさ。知らない俺にとってみれば彼女がバリバリ活動家やってた姿を観たいなって思っちゃうよね、どうしても。そこでノレないから予告編で流れてたパンクロック調の劇伴もすげぇ上滑りしてるようにしか思えなかったな。
あとは衣装は良かったですね。19世紀半ばから後半くらいのアメリカでいうなら西部劇の時代の洋服は何か好きなのでそこは素直に良かった。家具や小道具といった美術もよいし、セリフでは「信仰がなくてもクリスマスは大事」というのも良かったな。コミュニストでもクリスマス(という口実)で人と会うのは楽しいんだ! っていう実感があっていいセリフだった。
とりあえずエリノア・マルクスについて少しくらいは知ってから観た方がいい映画なんじゃないかなと思いますね。
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