ずどこんちょ

オールドのずどこんちょのレビュー・感想・評価

オールド(2021年製作の映画)
3.5
ホテルの支配人から誘われ、とあるプライベートビーチに入り込んだ3組の宿泊客たち。
しかしそのビーチは、特殊な鉱物の影響によって細胞に与える時間の流れが異常に早い恐怖のビーチだったのです。
ここでのんびり過ごす時間は、身体に数年分の影響を与えます。一日過ごせば、およそ50年超の経過です。
子供達はあっという間に成長し、中年だった大人たちはみるみる老化し、そして老婆はすぐに亡くなってしまうのです。

私も一度でいいから、リゾートビーチで何連泊もしてみたいという願望があります。
長期の旅行に出かけても、ついつい観光を挟んでしまったり、観光のために違う場所に宿泊先を移してしまったり、何か計画を入れ込んでしまったり。これまでの旅行はそんな旅ばかりでした。
日がな一日、寝食だけを繰り返して積んでた本を読んだり、ボーッと砂浜でくつろいだりする大人ののんびり旅に憧れます。
ところが、このビーチではそんなことをしていたらあっという間に死んでしまうのです。

傷が一瞬で癒え、子供たちがちょっと目を離した隙に中高生ぐらいになった現象に直面した彼らは、事態の異常さに気付きます。
脱出を試みて元来た道を戻るのですが、頭に妙な圧力を受けて気絶してしまうのです。陸路もダメ、海路もダメ。迷っているうちに次々と人が年を取っていくのです。

子供がちょっと目を離した隙に赤ん坊を妊娠していたり、良性だった腫瘍がほんの数分でメロン大の悪性腫瘍に変わったり、死体が数時間で白骨となったり。
歳をとるという現象は、ただ老化するというだけではない変化が次々と訪れます。打ち寄せる波のように落ち着ける時間がありません。そういったパニックに見舞われ続け、あっという間に映画が終わっていました。
この100分程度の時間もまた、体感ではほんの15分程度だったかもしれません。

歳を重ねるということの捉え方には真反対の二つの側面があります。
例えば美容に気を使っているクリスタルは、老いて自分の顔や身体がみるみる変化していくことに耐え難い屈辱と恐怖を抱えています。健康的に生きる多くの人が、大抵やはり老いることは怖いことと捉えるのではないでしょうか。私も怖いし、不安です。怖いからこそ、こういったスリラー映画ができるのですから。
皺が増え、みすぼらしくなっていく自分の身体を人に見せたくないクリスタルは、顔を隠し、人目に付かないように洞穴で時を過ごすようになります。
登場時からカルシウムに気を遣っていたクリスタルが、骨折しまくって骨を変形させて死んでしまったのはあまりにも残酷かつ皮肉的でしたが、彼女が老いることを恐れているのは至極ありふれた「老い」への捉え方だと思うのです。

もう一方が、歳を重ねることで若い頃に執着していたことが解決することもあります。死期を前に物事を穏やかで良い方向に片付けようとする成熟さが現れてくるのでしょう。
精神的な成熟は経験によって培われると思うので、ほんの6歳程度のカーラもトレントも急激に身体が大きくなったら戸惑い、そしてパニックになって身動き取れずに泣きじゃくるだけなのではないかと感じるのですが、ここでは不思議と精神面もある程度成長するみたいです。
トレントはやがて11歳だった姉マドックスを導くように、頼れる男になっていきます。たった一日で。
たった一日でカーラとの間に子供ができ、その子供を失い、カーラも失い、人生で体験する大きな出来事を怒涛のように味わって円熟したのかもしれません。

そんな中、トレントとマドックスの両親は離婚寸前でこの旅行に来ていました。
ところが、異常事態に結束力を高めた二人は年老いて死に行く夜、妻が浮気をしたことも、それによって歪みあっていたことも、穏やかに許し合えるようになっていくのです。二人の最後の会話は、老夫婦が最後に交わす会話そのもの。
人生のトラブルを整理し、あれほど執着していた怒りや恨みは消え失せ、愛する人と寄り添って死を迎える準備を整えてしまっていたのです。

歳を重ねるということは、「老い」への恐怖だけではないということもここで気付かされます。
皺を重ねた分だけ、人間は心にゆとりを持つことができる。執着心が減る。残された時間を愛おしく思える。
年齢というものを前向きに捉えて、そういう変化を感じられる人もいるのです。

両親の死を迎え、ついにビーチに取り残されたトレントとマドックスも、もはや脱出は諦めて、残りの15時間程度を余韻で味わおうとしていました。
そんな中、トレントはビーチに来る前に知り合ったホテルマネージャーの親戚イドリブから託されていた暗号を思い出すのです。
そこに書かれていたのは、脱出の鍵を握る唯一の突破口でした。

このビーチに誘われたのは、何かしらの病や精神病を患っていた人々でした。
ビーチを案内したホテルを運営するのは巨大な製薬会社。彼らの目的は、本来長期スパンでかかるはずの医薬品や特効薬の治験を、このビーチでたった一日で終わらせるということだったのです。
……狂ってやがる!!
いくら世界中の難病に苦しむ患者たちが救われるとはいえ、驚愕の治験……いや、非人道的な凶悪人体実験です。

ウェルカムドリンクに開発中の特効薬を混ぜて治験を開始するというのも、なかなか考え込まれた罠です。てんかん薬が10数年分の効果を発していたと言って、拍手喝采の研究室。最終的にはその治験者もてんかんが原因で病死しています。サイコパスが集まってるのか、このラボは。
ならせめて全員が最後まで穏やかに死を迎えららるように、治験薬が入った一日分の個別ドリンクでも用意しておいてやれば良いのに。いや、用意されてても嫌ですけど。
これからリゾートホテルの意味深なウェルカムドリンクも、意味深な特別プランへの案内も、受けづらくなってしまったではありませんか。
日常に潜む危険な落とし穴と奇妙な世界に通じる扉。
これはまさに、ハリウッド版『世にも奇妙な物語』ではありませんか。

この治験に関わっていた研究者ならびに観察者たちすべてが殺人に関与した極悪人たち。
結局、何より一番怖いのは、自然が生み出した超常現象が起こるこのビーチなのではなくて、そういう危険を知ってて人を陥れて観察することに何の痛みや罪の意識も感じていない人間たちの方なのです。

そして同時に、時間の流れはいつの時代も不変であるという事実に改めて感謝の気持ちを抱きました。
別の星に移住したら、もっと早く時間が進むとか、もっと時間が遅くなるとか変化は生まれるのかもしれません。
でも私たちは生まれた時から変わらず、地球における同じ時間の流れを感じ続けています。1秒ずつ時を刻むことの大切さを感じ、年相応の体験を経て「老い」て生きたいと願います。