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映画大好きポンポさんの8637のレビュー・感想・評価

映画大好きポンポさん(2021年製作の映画)
4.8
僕は今、調子に乗って監督×プロデューサーのアフタートークを見逃した状態でこれを書いている。というか投稿する頃には翌日になってるんじゃないだろうか。
エンドロールまでそこに引き込まれて、その後も何も手につかない程の情熱だった。ポンポさんが幾度となく語り出す映画理論はちゃんとまかり通っていて嫉妬的。そのままこの映画の血肉にもなっている。彼女、偉そうなのは事実だが、それが全てじゃない。何なら「映画に命を懸ける」を連呼していたジーンやナタリーよりも揺るがなく巨大な映画愛を背負って生きている。その姿に自分も飲み込まれた。すげぇ。作品にしても、下手したら人生ベストの一本として語っていいくらいだ。

まず好きなのは、恐らく自分も同じ境遇にいるからだろう。今の生活を見つめ直した時、拠りどころは正直映画以外考えられない。そんな運命に巡り合った以上、もう止められない映画への想い。そんなんだから、職を選ぶにしても映画の事が頭から離れないのだろう。そしてそれが上手く行かなかった時、映画の世界に入り込んで、夢物語に逃避してしまうのだろう。でもそれって別に悪い事じゃないよね、と勇気をくれるのがこの映画。そして今日、映画を志す少年たちのバイブルとなる。
多分皆、ジーンのようなポジションに憧れてる節がある。「まずは自分が楽しむ事」とはよく言ったものだが、それを巧く体現しているのが彼である。幸福でなければ"選択"も"過労"も生まれない。

また、共感性羞恥心とは違うが、映画の哲学に共感させるだけさせておいて、登場人物全員の映画に対する直向きさに自分も羞恥を感じてしまう。それが、これが好きな証拠の一つである気もする。
例を挙げるとすると、予告編に対する想いとか。YouTubeで開いてコメント欄を読むと「分かりづらい」だとか「ワンパターン」だと嘆かれているが、それは全て本編を観たときの高揚感への布石だったということ。この映画自体も予告で余り語られていないので、作戦の一つなのかもしれない。
驚いたのは、上映時間の件で映画が映画に毒を吐いた事。ポンポさんの指摘は間違ってない。超長編の映画を貪るように観てるのなんてシネフィルだけだし、それはTikTokの現れた現代ではひれ伏すしかない旧来的な価値観なんだと理解できた。当の自分も「ニューシネマ・パラダイス」が長いなんて感じた事なかったから、結局そういう価値観の持ち主なのかもしれない。だからこそこの映画は、前衛的に90分。だけど結果的にその尺でさえも愛おしい。
そしてそういった演出は、心の中でぼんやりと疑問に思ってきた「映画の存在意義」の理論に帰結する。僕は映画を愛しながら正直「製作費の分の興行収入も稼げない損ばかりのこんな産業、必要ない」と毒づいてきた。しかしコロナでの自粛期間中の閑散を見て変わった。こんな時こそ人に何かを与えるのが"映画館で観る映画"なのだと思った。ある人は物語から勇気を、またある人は、詰まった努力の一欠片からインスピレーションを感じるだろう。僕は両者を感じ、泣いた。真の感情の起伏とは、脳では判断できない奥の奥で起こるものだと思う。

公開された暁には、ツイッターのタイムラインで「映画の上映時間論争」が起きていてもおかしくない。それだけの存在だった。自分とあの映画の間にイマジネーションを隔てられ、勝手に飛躍されてしまった。まぁ面白いからいいのだ。



2021.06.05 再見 @チネチッタ

90分なんて短すぎるよ...すらもう古いと、この映画が実力で証明してくれた。映画論をここまで組み込んで、上映時間すらエンタメになってしまうってほんとすごい。構成に難がある事や現実的でないのも分かるが、本気で映画に縋りたくなった時、この映画が僕を泣かせてくれた。映画館で、自分だけの特等席でこれを観る喜びは、暫くの活力になると思う。傑作。

この"夢の国"の中では、昨日工事現場で車に迂回を促していた夢追いのバイトが、今日には映画出演を果たしているかもしれない。

映画は誰のものでもない。私だけのものであり、あの人のためのもの。映画の中に自分を見つけるなんて製作者への傲慢かもしれない。だけど見つけてしまった。そのスクリーンの中では、僕みたいにか弱い映画好きのサクセスストーリーが映っていた。卑劣に哀歌を叫びながらも、自分にはない行動力で映画を創ってた。時に彼の情熱はポンポさんの指摘に負けるけど、少なくとも自分には勇気を与えてくれた。
その反面、これを観ている時、正直自分が劣って見えるのだ。
ジーンやナタリーは、その境地に全てを捨てて挑んでいるからこそ夢を掴めた。僕にその"輝いていない眼"があるかというと、恵まれた環境にいる自分が「映画が全てなんだ」というのはお門違いだと身を退きたくなる。恥ずかしい。だからと言って、映画を作る事を「難しそうだからなぁ」止まりで敬遠していては辿り着けない。映画監督になりたいという誰かの夢を後押ししながら現実を見せる、時に残酷な映画でもあった。

全キャラクターの少しずつの優しさには誰もが勇気を貰えると思う。後、どうしても観ている間にしか言語化できない感情が絶対にあった。そして、映画が終わって灯りがついた瞬間、訳が分からなくなってしまった。それだけのめり込んでいた。そんな経験は初めてだった。うん。今年暫定ベストです。
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