Rick

ドライブ・マイ・カーのRickのレビュー・感想・評価

ドライブ・マイ・カー(2021年製作の映画)
4.5
 バベルの塔が崩れてしまってから、私たちの言葉は一つではなくなり、他者の言葉を、心を理解することが難しくなった。まるで逆光でシルエットしか見えていないように、まるで後部座席から運転席や助手席を眺めているように、目の前に確かに存在しているにもかかわらず、よく分からない。他者には自分の知らない人生が、自分と会っていない時の生活が、自分に向けられていない感情がある。なるほど、他者とはミステリアスで、真正面から向き合うことすら躊躇ってしまうほど怖いものかもしれない。しかし、そんな苦悩も他者が目の前にいるうちにしか起こらないものだ。目の前から去ってしまったら、永久に理解不可能なままだ。自分のセリフが抜かれたダイアローグを淡々と埋め続けるだけでは、新たなものは生まれない。他者を自分の車に招き入れることさえ出来れば、同列線上で視線を交わし合うことさえ出来れば、他者の心の一端に少しだけ触れられるかもしれない。いくら一つでなくなったとはいえ、私たちには言葉がある。それを使わない手はないだろう。ゴドーを待ちわびたところで、絶望や失意の先にも生は続いていく。
 映像作品の根源的で根本的なところに、「視る/視られる」という関係がある。逆にいうと「視えない」ことそれ自体がサスペンスでありミステリーだ。何か明確にハラハラすることが起きるわけでもなく、淡々と低体温な出来事が続いているが、3時間という時間の長さを感じさせないほどスリリングで、ずっと画面に引き込まれたままであった。
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