橘宏樹

ドライブ・マイ・カーの橘宏樹のレビュー・感想・評価

ドライブ・マイ・カー(2021年製作の映画)
4.0
少し野暮じゃないかってくらい説明くさい長いセリフ回しで、もっと余白とか沈黙とか無音とかに託してしまえば深みが出てよかったんじゃないかって思った。村上春樹の原作を読んでないけれど、読み聞かせられているかのようだった。

けれども、言葉にならない喪失と後悔の苦しみを、チェーホフと時間の経過のチカラを借りて言語化していくことに挑戦することで乗り越えていく、克服していくというテーマであるならば、この野暮なほどの饒舌にこそ意味があるということなのであれば、それはそれで、新しい饒舌かなと理解した。言語化しようにもできずに苦しむ過程は、タバコを挟んだ指を二人がオープンルーフでかざすシーンや、花を一本ずつ投げて手向けるところに込められているいうことになるのかな。

敢えて、後悔と喪失の克服というド直球のテーマで、これまた「ど」のつくシンプルなロードムービーの枠を出ようとせずに撮り切ったところにも、ある種、脚本の選択と集中というか、抑制も感じたし、そのことは静かな迫力に繋がっていた気はする。

ただ、おそらくは原作に由来する、何かこう、深いものを書こうという下心というか、それも、なるべく瀟洒に多角的に上手に書こうとする工夫、というか、そういうある種、実に村上春樹的な何かについては、僕は個人的には反吐が出る。文学ってそういうものだったっけかという怒りにも似た気分に酔ってしまう。これは相性のようなものだから、原作者にも監督にも脚本にも罪はない。ただ、朴訥な真摯さをとうの昔に忘れてしまったのにまだ表現をしようとしている人に対する失望というか軽蔑のような感情を抱いてしまう。それはきっと僕こそがド素人だからなんだろうと思う。僕も何か書こうと思った。そして、自己嫌悪に集中することによってこの素晴らしい作品に対する軽蔑を乗り越えたいと思った。
橘宏樹

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