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ドライブ・マイ・カーのodamakinyanのレビュー・感想・評価

ドライブ・マイ・カー(2021年製作の映画)
4.4
映画だけの鑑賞でハルキストでもありません。ワーニャ伯父さんのチェーホフの戯曲も未読です。そういう未熟な鑑賞者ですが、いろいろな意味付けがなされた作品で、文芸作品の映像化という感じがしました。たとえば家福の亡き娘とみさきが生きていれば同じ23歳だという点とか。あとラストでみさきが韓国にいるのは、途中から出てきたワークショップの韓国人の夫婦と一緒に暮らし始めたということ?もちろんそれは家福も一緒ということなのでしょうか?そのあたりがよくわからなかったけど、その韓国人の手話の奥さんと家福が最後劇で熱演していたことになっていたから、あるいはみたいに思いました。車も同じ赤いサーブでしたし。しかしそれははっきりと語られずに映画は終わっています。

みさきの家庭事情で母親に別人格が生じていた話や、家福の奥さんの創作に対する病的な部分は、いかにも村上春樹さんの世界だと思いました。彼らがそれをあえて見殺しにしたこと、それがテーマということなのかな?しかし家福やみさきの気持ちを考えると、仕方がなかった気もしますし、それが言いたい作品だとするといささか長かった気がしました。ただマラソン中継以外では見たことのない広島市内がたくさん見られたのはよかったと思います。そうそう家福という苗字は禍福あざなえるから来ているのかな?作家のカフカとも似ていますね。

以下推論なので 嫌いな方はスクロールしてください。

まずみさきと高槻 そしてワークショップの韓国人夫婦はすべて韓国人の知り合いで一味ではないかということです。高槻が異常にスマホで撮られることを恐れていたのは 音の殺害がばれては困るからで 要するに後ろ暗いことがたくさんある人物だということです。そのためはじめから家福も彼のことは警戒しており 車の中で高槻に音について話したことは家福の嘘である可能性が高いのです。つまりあの奥さんが誰彼かまわず寝ていたという話は嘘であるかもしれないということです。

まず私が奇異に思ったのは 最初に家福が演じていた劇(はじめのはベケットのゴドーを待ちながら あとのものは不明です)では英語とロシア語の字幕やセリフが入っていたこと おそらくそれは通常の形の翻訳劇だったと思います。しかしワークショップで韓国人夫婦たち 手話の奥さんは素性を隠していましたが この人たちは韓国手話や中国語 韓国語による劇を提案しました。このもともとの戯曲を書いたのは音さんだったと思います。妻による脚本で演じていたというセリフがありました。はじめに高槻が楽屋に来る場面について私は確認していませんが、音さんの脚本で演じてみたいというような話がありました。それについて音や家福はもしかして協力的ではなかったのかもしれない。しかし音は雲膜下出血で死んだという話でしたから その家福のセリフが正しいとなるとこの推論は成り立たないことになります。つまり警察まで家福の復讐捜査に協力的だったことになる。しかしそう考えないと ラストに韓国に帰ったみさきに家福が自分のマイカーを譲る場面の不気味さがわからないものになります。あれはそれに気づかない人には BGMはわざとボサノバ調のものにして明るくしていました。しかしその車のナンバープレートは多摩ナンバーではなく韓国のナンバーに変えられてしまっています。唯一手かがりになるのは 家福のセリフの非常に運転しにくい車であるということ その一点だけなのですが。

ドライブマイカーという映画のタイトル なぜこれなのか。と 考えた場合 私はその推論に至ったわけですが いかがでしょうか?この推論で日韓関係に亀裂が生じないといいのですが。ただここまでうまくことを運ぼうとした韓国の人たち そして家福の仕返しについては これでよかったのかなあ しかし必殺シリーズのように日常を逸脱しないやり方ではこの方法しかなかったのだろうと。私は昔のアランドロンの映画 太陽がいっぱいを思い出しました。

付記その2 最初にアバンでBittter ENDというのが出てくるのですが、これは制作会社の名前なのでしょうか?よく知らないのですが、このエンディングでもし家福も殺されてしまって北海道の雪の下に埋められているとなると、まさにBitter ENDということになります。
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