よしまる

TOVE/トーベのよしまるのレビュー・感想・評価

TOVE/トーベ(2020年製作の映画)
4.2
 以前にアニメのムーミン映画のレビューでも触れたことがあるのだけれど。

 高校生の時に友人のススメで原作のムーミン7巻を一気に読破して虜になったことがある。必ずどれか一冊を持ち歩き、暇があれば適当に開いてみる。どのページにも、なにか心に引っかかるササクレのようなものがあり、時には挿絵に出くわしてじっくり見入って世界に閉じこもってしまう。

 幼い頃アニメで観たムーミンとはまるで違う、自由気ままなキャラクターたちによる人間社会の縮図。こんな奴おるおる!という面白さ、そして嫌なこと、困難にぶつかったときの処方箋としても大いに役立つ、明らかに大人のための小説だった。

 そんな物語を生み出したトーベヤンソンという女性の半生を描いた映画を見逃す手はなく、ようやくタイミングよく鑑賞できた。

 想像していたのは「伝記」。こんなことがありました、だからムーミン描きました、するとこうなりました…と、いう映画とは実際にはまったく違っていた。

 幼少時さえ端折り、すでに芸術家として歩みはじめていた30代から、ムーミンで成功した40代にかけてのわずかな時間にフォーカスし、トーベの持つ愛と情熱をあらん限り映し出した、痛くて強くて美しい映画。

 ムーミンのことをファンシーなキャラクターとしか知らない方には、なんだこれ?てなるかもしれない。けれども、もしも原作に触れたことがある方なら、彼女の胸の内に常に燻っていたしこり、父親や世間からの隔絶、厭世感、満たされることのない情熱が、裏返しとしてあの飄々とした物語を生み出していたのだと気付くことができるに違いない。
 本来なりたかった油彩などブルジョワに売れる絵を描ける画家ではなく、新聞の連載漫画や、子供向けの芝居やアニメにしか居場所を与えられなかったこともまた同じ。ムーミンは彼女の置かれた環境や活躍の場がこんなふうだったからこそ生まれた
稀有なキャラクターなのだとわかる。それこそが彼女にしか成し得なかった偉業なのだと。

 さて、スナフキンやビフスラン、トゥーティッキーのモデルと言われた人たちが出てきてそれらしい振る舞いをしてくれるのも最高に楽しいのだけれど、そんなことはさて置いても「主役のアルマポウスティが、とある女性の半生を熱演した映画」というだけでもめちゃくちゃ見応えがある。40歳手前とはとても思えないチャーミングな女性で、自分の意図するところではないにせよ誰からも好かれるトーベの不思議な魅力を見事に体現していた。

 監督、脚本、撮影もみんな北欧出身の女性たちで、特に16ミリのフィルムカメラはプライベート映像的なエロティシズムにも貢献しているし、生涯を過ごしたアトリエでの創作風景やパーティシーンなどどれも手作りの触感があって美しい。
 ちなみに編集はカウリスマキ監督の「希望のかなた」を手がけたドキュメンタリーのエディター、サムヘイッキラ。
 おそらくはトーベになんらかの影響を受け、強いリスペクトを持ったフィンランド、スウェーデンの若い才能が結集しているのだろう。この製作陣の名前はちょっと覚えておきたいと思った。

 蛇足ながらこれから観に行こうかと思っていらっしゃる方へ。あまりに官能的なので、うっかりムーミン好きなお子様を連れて行くと大惨事になりますww