レオピン

モーリタニアン 黒塗りの記録のレオピンのレビュー・感想・評価

4.0
白飛びするくらいのホワイトが印象的。家族友人に囲まれた闇夜の砂浜から連れ去られ、光は溢れるが視界の閉ざされた砂地へ。そういえばジョディが演じたナンシー・ホランダーも赤のルージュ、青いシャツに白い髪がよく映えた。

白の対比となるのは黒塗り文書。黒塗りでも出してくるだけまだマシかもしれないが、、

911後のアメリカは狂っていた。一人の無辜を刑することなかれの無罪推定はかなぐり捨てられ、法曹だけではなく社会全体が推定有罪に傾いた。愛国者法がとおって自由の国アメリカのイメージは地に落ち、予防拘禁がまかりとおりアラブ系イスラム系はさまざまな嫌がらせをうけた。本来は警察事案であるはずが戦争にまで踏み込んだ。ショックに陥ると誰しも正常な思考が失われるものだが、安全安心を求めすぎる国民が背中を押す。だがそれは基本的人権を蔑ろにしてまで得たいものか。

それでもまだアメリカはいい。なぜなら憲法に立ち還ることが出来るから。そこで踏みとどまることができる。海兵隊検事のスチュアート・カウチ、誰よりもテロへの憎しみを抱いていた彼ですらその職責を降りるしかなかった。こんなものとてもじゃないが認めることはできん。秘密裡に開示された尋問調書MFR (Memorandum for the Record)に目を通す。一体彼らが何をやっていたのか。ナンシーとスチュのカットバックで見せる。彼女らが弁護についた時点で既に依頼人は自白させられていた。

初め、スラヒはナンシーを警戒していた。看守に悟られるのを異様に恐れていた。冤罪事件でもよくある例だが、弁護人より警察の方を頼りにしてしまう心性。彼の場合は自白をしてしまったことを知られたくないという恥の意識があったのかも。

米国に移された際、彼は内心安堵したという。それは米国人に対してのよいイメージがもたらしたものだ。最初の8か月間FBIによる取調べを受けたが、その後に地獄が待っていた。70日間に渡っての拷問。苦しい姿勢保持。大音響のヘビーメタルによる睡眠妨害。性的虐待。低温室。拷問にあたった看守が彼を殴っている最中に泣きだしてしまう程だったという。
彼の心が折れたのは、母親の逮捕をもちだされたことがきっかけだ。男しかいない所に収監してレイプさせてやると囁かれ、その後彼は、何でも話します。自白調書はあなたが書いてくださいと。典型的な虚偽自白誘導。こんなものなんにもなりゃしない。拷問王の異名をとった紅林麻雄の方がまだマシだ。

アブグレイブ刑務所のことが発覚したのは2004年。女性兵士が加わっていた捕虜への性的ハラスメントが衝撃だった。グアンタナモのこともうっすら伝え聞いていたが、実際もっとすごい事をやっていた。領土以外の場所で 国内法が及ばないところで。

彼らは拷問のことを強化尋問技術と呼んでいた。CIAは心理学者に効果的な拷問方法の策定を依頼。光や音など五感に訴えかけるようなもの。当たり前だが拷問も進化している。
私はこの中で倫理的に禁じられているような実験も行われていたのではないかと睨んでいる。例えば、感覚遮断実験のような。ここでも地獄の扉が開いてしまっている。すべてが明らかになるのはまだ先のことだろう。

出版された本には看守について思いやる所もあるそう。命令されて殴る方だって長期に渡っていれば心の傷を負う。イラク復員兵のPTSDなどにも通じる。映画の中でも看守の若い兵とのさりげない会話やアイコンタクトが示されていた。彼らも当事者であり被害者だ。

ラストのご本人登場での明るい歌声にいくぶんかすくわれる。自由と赦しは同じ言葉なんだ。彼には信仰が助けになった。隣人のマルセイユへ見せた思いやり、軽口。好奇心も。イグアナだけが友達だった。極限状況を耐え抜いた彼のことは現代の「夜と霧」として語り継がれるかもしれない。

⇒スラヒは70年生まれ。ドイツの大学へ進むが91年に休学してアフガンで訓練キャンプへ参加。911直後に身柄拘束。ヨルダン、アフガニスタンを経てグアンタナモ収容所へ。収容所で受けた拷問体験を2005年に手記としてまとめる。2010年に人身保護請求がとおり釈放命令。政府は上訴。それから実際に釈放されたのは2016年。映画化は2021年。母国モーリタニアへ還るが移動の制限つき。2015年の出版は黒塗りされたままのものだったが、市民が聞かされていたのとはまるで違う過酷な実態が関心を集める。

911テロ後収容されたのは、南西アジア・中東・アフリカの国々から子どもを含む800名近く。イスラム教徒が大勢連行される。正当な司法手続きなしでの長期拘束、拷問。有罪となったのはたった8名。うち控訴審で逆転が3名。。連行された人の中にはただ懸賞金目当てで売られたり、通訳の誤解で拘束されたりとかなり杜撰。

⇒製作:ベネディクト・カンバーバッチほか
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