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対峙のchunkymonkeyのレビュー・感想・評価

対峙(2021年製作の映画)
4.5
シリーズ:落選。今回は、アカデミー賞に一部門もノミネートされなかった作品の中で映画ファンに最も高く評価されていたこちらの作品をご紹介します。この作品の冷遇にお怒りの方もいらっしゃると思いますが、実際観てみるとその原因は間違いなく我らが「ドライブ・マイ・カー」ですね...

喪失との向き合いと癒し、コミュニケーションの本質。完全に「ドライブ・マイ・カー」とテーマが被っています。しかしアプローチは大きく異なり、「ドライブ~」が多層的で非常に凝った構造を採用しているのに対して、本作はワン・シチュエーションで直球勝負に出ています。凄まじい緊張感のある会話劇に引き込まれずにはいられません。鑑賞後の感覚は「マンチェスター・バイ・ザ・シー」に少し近いかも。

教会に併設された密室に集った二組の夫婦。彼らは息子に関する悲劇的な過去を共有しているようなのですが、冒頭では全容が全くわかりません。会話がヒートアップするにつれてようやく糸口が見えてくるような形なので、観客は嫌でも神経を研ぎ澄まして彼らの会話に没頭することになります。

その会話、距離をとって探り合うような形からどんどん自省が効かなくなり、最初の一時間は会話すればするほど断絶に陥っていきます。両夫婦のコミュニケーションの断絶には二つの要素が見られます。

被害者と加害者
二組の夫婦は片方が加害側でもう片方が被害側であることは早々にわかります。事件は双方にとって向き合うのが耐えられない悲惨なものですが、もちろん罪を犯した加害側の方が当然その責務から悲劇に向き合わざるを得ません。皮肉なことに、ボロボロになりながら真摯に事態に向き合ったことで加害側の方が先に多少は「乗り越える」ことができてしまっており、被害側をより苛立たせています。一方、社会的に逃げたり他者を責めたりすることが許される被害側は自分の心に向き合う機会を逸しています。

保守とリベラル
事件自体が政治的な側面が強いのですが、それとは関係なく元々この夫婦は全く異なる文化的価値観の中生まれ育っていることは明らかで、それは服装から会話の隅々に至るまで徹底されています。互いへの敵意や軽蔑は単に起こった事件という表面的なものよりもっと深いところに根付いていそうです。ここをよく意識しておくと終盤の展開がより深く感じられます。

早々に関係に深い亀裂が入ったとはいえ、何もない密室に4人。逃げ場は一切ありません。激しい感情に飲まれながらひたすら会話を続けた先に見えたものは...

共有することの尊さと美しさ。密室で会話をしているだけで、劇的なことは起こらないし、衝撃的なセリフが出てくることもありませんが、特に終盤は心が揺さぶられっぱなし。「ドライブ~」より何倍も沁みます。一対一でなく、夫婦なのもポイントです。

ただ、これ映画である必要は?というより舞台劇にしたほうが凄いものになりそうと思ったりしました。ただ、アン・ダウドの名演含め素晴らしい作品であることには変わりありません。

先日のオスカー、ノミネートは結構波乱な上に分野同士にも相当矛盾がありましたが、対照的に受賞はサプライズがゼロでした!作品賞の有力候補3作が、主要部門の作品賞、監督賞、脚本賞を仲良く分け合う形に。オリジナルが条件の脚本賞は対象がそもそもベルファストだけ、残り2作のうち監督賞ノミネートはパワー・オブ・ザ・ドッグだけなのでジェーン・カンピオンで確定、残り物には福があるで「コーダ あいのうた」が作品賞。

それぞれで投票しているので偶然のはずですが、これ以外の組合せがないくらい上手くできてます。平和な授賞式したねぇ、とはいかなかったね(笑)。クリス・ロックはあれが元々芸風なので呼ぶべきではないし、彼以外も全体に他人をイジる系のジョークが非常に多くて残念でした。何はともあれ「ドライブ・マイ・カー」おめでとう!
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