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スパゲティコード・ラブの8637のレビュー・感想・評価

スパゲティコード・ラブ(2021年製作の映画)
4.4
気付けば僕はこの映画の感想を延々と書いていた。自分の心の中で消費するだけしておいて、素直に言葉に出せなかったのだ。完璧でなくて良いと、マイペースな僕に誰もが言う。何度も消しては書き直して、結局誰が読んでくれるのだろう。僕は何のためにずっと感想を書いていたのだろう、と思った。この映画の中にも、通ずる部分があると思った。
それは凛の広告へのこだわりについて。自分でしか納得できない境地を目指して、受け取る側がその違いを感じ取る事があるのだろうか。そう感じた。

帰り道ふとMONO NO AWAREの「東京」を聴いたのだが、『ふるさとは帰る場所ではないんだよ』というフレーズが、いつもとは違う聞こえ方をした。東京に敗北して帰ってきた若者はその後どう生きるのだろう。例えば、誰かの人生が社会的に終わる時、その人は生き直すのだろうか。

東京と"両想い"になる。それができなくて皆悩んでる。
だがその生き方が、失礼ながらドラマチックすぎる。

まず冒頭から予想だにしない展開。あのシーンは何の象徴だったのか未だに分からないが、あれがあったことで映像世界に没頭したことは間違いない。
そんな撮り方する?といった神戸千木氏のカメラワークと自分にハマったテンポ感。本音のモノローグで埋め尽くされた渋谷。
ともすれば全員の現状だけを描いた群像劇になってしまいがちだが、物語はゆっくりと動き、誰かがたまに混ざり合う。交錯の仕方が上手い。中でも、無駄な言葉がほぼ無い。「親の七光り」の回収の仕方なんて半端じゃない。

実は、渋谷駅は新南口改札の方が個人的な思い入れがある。フォーカスこそされにくいが。


どんなことをする人にも理由がある。この映画の登場人物は、全員が自分に刺さるようなアイデンティティを持っていた。

誰もいない森の奥で一本の木が倒れたら音はするか?...もしそんな哲学思想を持ったアイドルがいたら、僕もキモヲタになってしまうのだろう。そしてヲタクではなくなった今、自分がヲタクだった事に対して天は冷静すぎる。

僕は心の悲観さに一番共感できたかも。結局人の言葉は軽い。心が執着する慎吾の言葉に結局は裏切られかけたけど。その慎吾も慎吾で壮絶で、どれだけ集めた友達からも結局は"人とは違うことをしてる人"としてしか見られなかった。「ネットの上から応援してます」みたいな感じで。

個人的には翼のような陽キャ的存在にも実は憧れていたりする。いつも笑っていると、痛みをすっぽかし平然と過ごせて良いが、ちゃんと内面には穴が開いているんだと思う。それが花への振る舞いの後悔の表情に出ていた。一方そんな花は、Twitterで呟いているものこそ嘘だが、それに対しての否定的な表現が弱いお陰か、唯一ピュアな人間に見えた。単なる「東京に憧れている田舎女子感」が根幹に強くあった。一番好きな登場人物。

一方で、一番分からなかった人物は凛だった。彼女が体現する破天荒はマイノリティと言い換えられる。そして彼女は、マイノリティを圧力でマジョリティにしてしまう人。誰かの失敗に自分の成功を伴わせる。感情が読めないモノローグの代わりに荒らげられる怒声に恐怖を感じる。だけどこの人だけじゃない。皆それぞれの承認欲求や執着に取り憑かれて生きていた。

雫に対しても正直少し疑問がある。いつかは終わらせると分かった上の関係で「そのひとがすべて」となるのは良いが、もしそんな状態になったら、別れる決意も好きに決めさせられるものなんじゃないのかな。
彼女のシーンだけカメラの飛躍がなくて、監督はこの映画で色んな技法を試したかったんだろうな、とも思った。

桜の持つ執着が「死」と異様だからこそ圭は戸惑う。彼女も結局「死にたい」に縋って生きている。観客には分かっている。彼の話す全てが「死の肯定という"生の肯定"」。青木柚は最高だった。

夏美、一樹は全体通して変化を見られなかったが、それはそれで良いと思う。夏美の「君、素直で良い子だね」と言われたリアクションに対しての嘘も、日常的になりつつあるように見えた。

桃子は予告からもっと拗れているのを想像していたから、病みすぎていなくて本当に良かった。自分の異常性に気付きながらも電話占いを続けてしまう。そして、梅子 a.k.a ゆりやんは全員を総括して慰める存在に見えた。


"死ぬ"を否定する映画ではなく、"生きる"を肯定する映画に出会いたかった。それがこの映画だった。救われずに終幕を迎えた人もいた。でも、誰一人死ななかった。

ここまで僕は張り切って、何なら数時間かけて感想を書いて、上手くまとまらず長くなってしまったが、果たしてちゃんと読んでくれた人はいたのだろうか。自分で読み返したらとてもイタいこんな文章を。慎吾の文章を読んで当惑した部分があった。
それでも僕は書き続けるだろう。



追記:傑作すぎて、登場人物についてそれぞれもっと知りたいなと思って鑑賞後速攻グッズ売り場行ってパンフレットを注文したのだが、パンフというよりもオフショット寄りのフォトブックで、萎えて映画自体を減点してしまいそうになった。
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