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流浪の月のTSのレビュー・感想・評価

流浪の月(2022年製作の映画)
3.9
【払拭されない罪】83点
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監督:李相日
製作国:日本
ジャンル:ドラマ
収録時間:150分
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 2022年劇場鑑賞26本目。
 『怒り』で有名な李相日監督の最新作。この監督は人物の表情や様子を描くのが非常に巧いです。また光のコントラストが絶妙であり、役者たちの芝居の巧さもさることながら、それらを神がかったカットで撮影していきます。原作は未読ですが、この作品が持つパワーは十分受け取ったつもりです。やはり邦画はこういう重い、考えさせる映画に強い。150分ありましたがそれ程長さを感じさせない良作でした。

 9歳の家内更紗は当時19歳の佐伯文に誘拐されてしまう。2ヶ月ほどマンションで監禁されていたが、ある日佐伯は警察たちに捕まってしまう。泣き叫ぶ家内を撮るまわりの人たち。。

 と、あえてあらすじを「一般の人の目線」から短く書いてみましたが、当事者でない限りそう見えても仕方ないのかなと思います。やはり日本でもそうですが、まだ自立していない少女を誘い一緒に過ごすという行為はあまり容認されるものではありません。圧倒的に有利である大人がその子どもを洗脳することさえあるのですから。なので、もしかしたら今作においても佐伯が幼い家内をマインドコントロールしたのかなと思えてしまいますが、結局のところお互い惹かれあっていたというのは事実なのですから、何とも難しいテーマです。佐伯は大人の女性に欲を見出せないということで、少女に目をつけますがだからといって性的虐待のようなことはしていません。それをしていなかったら社会的に許されるのかという疑問がでてきますが、とにかくマインドコントロールの可能性だけは置いといたとしても、それ以外家内にとっては無害であったはず。むしろ、自分を愛してくれる人に喜びさえ覚えたはずです。

 そんな事情も知らないまま、「小さい子を誘拐することは悪だ」と信じる世間の人は、悪には人権がないと言わんばかりに、その姿を無許可で写真に収めネットに拡散する。デジタルタトゥーの恐ろしさを垣間見ました。15年経っても払拭されない罪。不思議なもので、その人たちの生活にはなんの影響もないはずなのに、その時だけ正義面してそういう悪を社会的に叩きのめしていこうとします。個人的な見解ですが、そう言う人って人生うまくいっていない人が多いのでしょう。自分よりうまくいっていない犯罪者をコテンパンに痛ぶることで、自分の存在価値を見出すのでしょう。と、話が逸れてきましたが、世間が正しいとは一概に言えない問題を今作は投げかけてくれます。むしろ、人の人生に土足で蹂躙してくる市井の人々の態度こそ社会的問題ではないのでしょうか。

 ただ、個人的な感情もぶつけると、主人公の家内が結構罪深い存在です。中盤から取り返しのつかない事態になってきますが、元はと言えば、家内がカフェに通わずに今までの生活をしていたら再発しなかったのです。それでも家内が佐伯に会いたいというのでしたらそこまでですが、家内がかなり問題を掻き回しているのも事実なのでモヤモヤさせられました。ただ、巧い具合に家内の彼氏がどうしようもない奴だったので、怒りの矛先はそこにいきましたが。(と言っても終盤はこの彼氏ですらちょっと可哀想と思えてしまう笑)

 少しシビアなことを言うと、LGBTは認められつつあるのに、小さい子に赤の他人の大人が興味を持つのは、性癖が悪いと処理され、社会から追放されるというこの現実を我々はどう捉えるべきでしょうか。実際そういう事例においては犯罪率が高いことからやはり社会的に認められないのでしょうが、作中のような事例もあるはずですから、もっと我々は冷静に物事を見ていかないといけないのではないでしょうか。ネット社会が浸透する中、何が正しくて正しくないのか、個人個人のネットリテラシーが問われる時代になってきています。そんなことも考えさせてくれる、重厚な映画でした。

 なので出来栄えは『怒り』と同等くらいでして80点後半くらいはいくはずなのですが、やはりどうしても主人公家内の行動が感情論ですがやや気に食わなかったのでこの点数で抑えておきます。それでも十分良作ですし、間違いなく日本アカデミー賞にはノミネートされるでしょう。
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