はなこたちゃん

ある男のはなこたちゃんのレビュー・感想・評価

ある男(2022年製作の映画)
4.8
『こうまでしないと生きられない人がいるんです』

出自やアイデンティティに
囚われ苦悩し
他人になりすましながら
息を潜めて生きて来て
漸く手に入れた倹しい幸せも束の間
事故によってその命を失った誠

一方出自やアイデンティティに
抗いながら弁護士という地位や
幸福な家族を手に入れた城戸
しかしそんな城戸にとっても
それらが見せかけだけの
脆弱なものであったと気づいた時
ふと誠の様に
背負ってきたアイデンティティから
逃れてみたいという願望が生まれる…

私達は常日頃、環境や立場、相手によって自己表現を少しずつ変えたり
その場に見合った自分を演じていると思う
だから時として自分を見失ったり
生き辛さを感じたりするのだと思う

そして
人が無意識に発する差別や偏見によって
傷つき苦悩を強いられる人もいる

城戸の義父(モロ師岡さん)
谷口恭一(眞島秀和さん)
お2人の演技が素晴らしく
本当にイヤな気分にさせられたし
『イヤな奴』だと思いながら
その実私達も同様に
誰かの脅威に
なっているのかもしれない
という居心地の悪さ



夫の死後
彼が何者だったのか
分からない事で不安になる里枝
それは彼を信じる事が出来ないと言うより
自分や家族を愛してくれた
その彼を愛した『自分』を
信じる事が出来なかったのだと思う

「わかってしまえば、本当のことを知る必要なかった」という里枝

『この町で出会い、愛し合い、
いっしょに暮らし、子どもが生まれた。
それは事実だから…』

人は本当に脆くて弱い
自分が見たものをありのままに
受け入れ信じる事の難しさを
痛感する

里枝が言う様に
愛し合い家族となり
誠実に生きた幸せな日々
それこそが事実であり
彼の出自や過去など
どうでもいい事であったと…

それを教えてくれたのは

『お父さんが死んで
悲しみはなくなったけど
    寂しい…
お父さんに聞いて欲しい事がたくさんあるのに
話を聞いてくれるお父さんがいない事が
               寂しい…』

と言う
里枝の息子悠人の台詞だった様に思います