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パワー・オブ・ザ・ドッグのBATIのレビュー・感想・評価

パワー・オブ・ザ・ドッグ(2021年製作の映画)
4.6
マチズモとミソジニーのアイコンのような男、フィルに私はどうしようもな憐れみと悲しみを感じてしまった。有害な男性性を肯定したいのではない。そう生きるしかなかった人間、生まれる時代が違えば違った在り方があったかもしれない男でも時は早すぎた。

このようなシンパシーを感じることが出来たのは最早細胞レベルで演技じているとしか思えないベネディクト・カンバーバッチの演技のためだ。語らない時間、男らしさを誇るように邪悪な所作をする人間の覆い隠そうとするナイーヴさ。

邪悪なカンバーバッチを相手にするキルスティン・ダンストのモラルハラスメントに苛まれ毒が足先まで及んでいくような姿の演技。静かながらも剣を交わす縁起の攻防に息を呑む。部外者のような佇まいジェシー・プレモンスの姿も劇に機微をもたせる。

そして一度見たら忘れられないインパクトのコディ・スミット=マクフィー。我々は彼の名前を覚えていかなくてはならない。まるで若き頃のジョディ・フォスターのような才能を目撃出来たことを喜びたいと思う。

世界に巣食う毒のように存在するマスキュリニティ。それを排除しなければ溺れて魂を病んでいくばかりの世界の残酷さは選択肢のなさである。「男であることの素晴らしさ」という絵に描いた餅に酔いしれることの出来ない人間は陶酔するふりをするしかない。そんな世界で息をすることができようか。

ポール・トーマス・アンダーソンの作品よろしくに悲鳴をあげる日常をマスキングしていくジョニー・グリーンウッドのアブストラクトなスコアが早くここから逃げ出したいと思わんばかりに鳴り響く。

私はこの物語の結末をもって評価をすることはできず、この終わり方をするしか「救済」が訪れなかったことが悲しくたまらない。でもそれは現代にも確実に存在する閉塞である。人にとっての救いとは、心を許せる人間との出会いであり、それがまた人を苦しめかねないことに胸が詰まるのだ。
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