言葉にしないとわからない。言葉にならないものもある。どちらも多分正しくて、コミュニケーションというのは常にその狭間で揺れているのだろう。
二人だけの世界にいるときはそのどちらも共有できたけど、現実が襲いかかってきたときそれぞれの世界がたち現れて別々の方向を向いてしまう。
ちょっとしたこと、楽しかったこと、思い出たちを失われたものとして見つめるとき、あまりにキラキラしてて切なくて。でも逆にいえば、全ての瞬間は失われていくものであり、美しい。
クリープハイプは夜と朝の境目くらいの時間に聴くのが一番エモいという持論を久しぶりに振りかざしたくなった笑。