fujisan

オッペンハイマーのfujisanのレビュー・感想・評価

オッペンハイマー(2023年製作の映画)
3.5
人間は科学の暴走を止めることが出来るのか。

原爆の父、オッペンハイマーの半生を通して、それを感じた映画でした。

日本での公開が大幅に遅れたこともあり、アカデミー賞のニュースを複雑な心境のまま見つつ、NHKのドキュメンタリーなどでゆっくりと事前学習が出来ていた映画。
この映画を観て何を感じるか、自分でも想像出来ないまま、上映初日にフルIMAXで観てきました。

史実を描いた映画ではありますが、ネタバレには注意して感想を書きたいと思います。


■ 映画について(ネタバレなし)

本作は、オッペンハイマーの生涯を記した原作を『時間の魔術師』クリストファー・ノーラン監督が脚色、時系列を切り刻んで再配置した映画で、今作はカラーとモノクロに分かれていたことから「メメント」や「フォロウィング」に近い印象でした。

映画は、以下2つのパートで進行します。

1.FISSION(核分裂)
・オッペンハイマーの視点で語られるカラー映像
・原爆を開発した英雄像から一転、赤狩り(共産主義者の追放活動)によって公職を追放されることになる密室での審問のシーンをメインに、質問されてそれに答える形で、学生時代から原爆開発、原爆投下までのシーンが展開されます

2.FUSION(核融合)
・オッペンハイマーと個人的に対立し、彼を赤狩りによって公職追放に追い込むルイス・ストローズ(ロバート・ダウニー・Jr)の視点で描かれるモノクロ映像
・ストローズの視点なのでオッペンハイマーは知らないことも含まれている、いわば客観映像

映画は1と2の映像が交互に流れる形で進み、原爆の開発とその後の赤狩りの話が同時に進むわけですが、カラーとモノクロで分かれていることと、基本的にはそれぞれは時系列通りに進むので、「TENET」ほど複雑ではありませんでした。


□ IMAX上映について

先日のドゥニ・ビルヌーブ監督の「DUNE2」はIMAXで観たほうがいいと思いましたが、本作は特にIMAXじゃなくても良かったのかなという印象。

核実験の爆発シーンの迫力は凄まじかったですが、この映画は基本的には会話劇であり、フルIMAXの正方形に近い画角であっても被写体が中央になる構図が多かったので、おそらく通常の画角(非IMAXの通常スクリーン)でも映像的には大差無いと思います。


□ R指定について

本作はアメリカではR指定、日本でもR15+指定となっていますが、理由は原爆関係なく、オッペンハイマーの不倫相手、ジーン・タトロック(フローレンス・ピュー)とのセックスシーンが問題になったようです。

確かに劇中ではそれと思われるシーンが複数回流れ、個人的には、ここまで描く必要があるんだろうか、と思えるほどでした。

”見える・見えない” の問題ではなく、悪趣味な描かれ方をしているのですが、これはオッペンハイマーが優れた科学者であると同時に、それ以外の人間性には問題があるという演出として必要だったのかもしれません。


□ 事前準備について

まず、とにかく登場人物が多いです。数名のキーパーソンを除き、常に新しい登場人物が入れ代わり立ち代わりに登場し続ける3時間で、セリフがある役柄としても、おそらく50名以上は居るはず。

これだけの登場人物を一本の映画にまとめ上げた才能は素晴らしいものがありますが、やはり、全体を把握しようと思った場合は、ある程度事前に情報を入れておいたほうが良さそうです。

また、原爆にまつわる話と同じぐらい”赤狩り”に関する話のボリュームがあったのは意外でした。もしかすると、監督にとっては(米英の人にとっては)、原爆よりも社会全体を揺るがした共産主義との戦い、赤狩りの方が身近なテーマだったのかもしれません。

個人的には、NHKのドキュメンタリー(映像の世紀と、映画用に作られたと思われるバタフライ・エフェクト)中心に事前学習したのですが、このあたりのページをネタバレと感じないところまで見ておくといいかもしれません。

時間がない人のためのオッペンハイマー予習【最低限の知識】|まいるず
https://note.com/james_miles_jp/n/n6307e8d355bb?utm_source=pocket_saves



(以下は個人の感想ですが、ネタバレになるかもしれませんのでご注意ください)


■ 映画についての感想
以下は、個人的な感想です。

□ 映画が描いたもの

クリストファー・ノーラン監督が描く本作は、物理学者オッペンハイマーの半生を俯瞰した位置から描写しているだけであり、原爆開発の是非や、原爆投下について、良かったとか悪かったとかといった批評は含まれていません。

これは、あえて空白にして、観た人自身が考えるというスタンスなのだと思いますが、個人的には否定的な思いがあります。

賛否ある部分だとは思いますが、監督は『神の視点』に立つのではなく、もう少し踏み込んだ表現を入れるべきだったのでは、と思いました。


□ 物理学者オッペンハイマーについて

原爆は開発したものの水爆の開発には一貫して反対し、晩年は核軍縮を働きかけた英雄であり悲劇の科学者、というイメージで、戦争を終わらせた英雄というトーンは弱く、比較的ニュートラルな視点で描かれていたようには思いますが、それでも美化し過ぎているのでは、と感じました。

水爆開発につながる基礎理論の発見段階では、計算間違いを指摘したに過ぎず、すでに止められない段階から反対する前に出来たことがあったのでは、というところ。

また、映画ではほとんど描かれていませんでしたが、日本への投下を止めないばかりか、『雲があるときには投下するな、高い高度で爆発させるな』 等、B-29からの投下について事細かに指示までしていたことが、ドキュメンタリーでは描かれています。

彼は1960年に来日していますが、広島や長崎へは訪れず、原爆開発を後悔しているかという記者の質問に対して、『後悔はしていない。ただ、それは申し訳ないと思っていないわけではない』という意味不明な言葉を発しているのみ。

不倫相手タトロックが英国詩人の詩の一節を引用して名付けた『トリニティ』を原爆実験の名前として採用したり、自らのことも、ヒンドゥー教の聖典の一節になぞらえて 『我は死 世界の破壊者』とカメラ目線で語るところなどは厨二病的な側面も感じ、起こしたことの大きさをどれだけ自覚していたのかは謎です。

劇中で、彼を公職追放に追い込むストローズが、オッペンハイマーを評して『天才は紙一重。慧眼(けいがん)にして盲目』 というセリフを語りますが、まさにそれが答えだったように思います。

物理学者以外は盲目であった彼のストーリーを見て、科学の進化にルールが追いつかないことの怖さを感じました。


□ 原爆の開発と日本への投下について

個人的には、『原爆はいずれ開発されていたが、広島・長崎への投下を止めなかったことは許されることではない』 と考えています。

アインシュタインの発見をきっかけとして、ナチス時代のドイツをはじめ日本やソ連など、アメリカ以外でも原爆開発は進んでおり、オッペンハイマーがやらなくても、原爆はいずれ開発されていたでしょう。

ただ、当時の米軍上層部の中でも反対意見があった原爆投下は必要ありませんでした。

映画では、トリニティ実験での大爆発のシーンが描かれていますが、閃光からしばらく経って何度も発生する炎と爆音の映像は、凄いと言うよりも悲しいとしか感じませんでした。


□ 映画の感想まとめ

以上から、これが『オッペンハイマーの生涯を追体験することでそれぞれが考える』という監督の意図通りだったのかもしれませんが、評価するのが難しい映画でした。
フルIMAXの初回上映ということで劇場は満員。終映後には、まばらではあるものの拍手も起こったのですが、個人的にはとても拍手をする気持ちにはなれませんでした。

恋人時代のタトロックがオッペンハイマーに、『一番の理解者を遠ざけないで。いつか必ず必要になる』と語っていましたが、晩年名誉回復された彼の授賞式には彼のそばに寄り添う科学者はおらず、寂しく虚ろな眼をしていたところが印象に残りました。


■ 余談

オッペンハイマーが秘密裏に原爆を開発するために作らせた秘密都市ロスアラモス。
砂漠のまんなかにポツンとある鉄条網で囲まれた町には教会や映画館をはじめ当時最大級のプールまで兼ね備えられており、ドキュメンタリーではプライベートフィルムとして奇跡的に残った奇異な町の様子が映っていました。

ロスアラモスをモチーフにした映画としては、最近だとウェス・アンダーソン監督の「『アステロイド・シティ」 や、本作にも出演していたフローレンス・ピューの「ドント・ウォーリー・ダーリン」なんかもそうで、あらためてこの辺りの映画を観直したい気持ちにもなりました。

また、フローレンス・ピューが演じたジーン・タトロックについては暗殺説も根強いらしく、映画でもそれを匂わせる描かれ方をしているそうで、配信が始まればまた観直してみたいと思います。
fujisan

fujisan