すがわら

オッペンハイマーのすがわらのレビュー・感想・評価

オッペンハイマー(2023年製作の映画)
5.0
 今までのノーラン映画の題材はアメコミや空想科学みたいなそれ自体がエンタメ向きで、撮る前から最低限の面白さを保証されているようなモノが多かったけど、今回は飛躍も奇跡も無いリアリズムの映画で、それ故に演出の手練手管や編集のイリュージョンが鮮明に見えた。3時間あっという間。

 序盤、ボーアに「数式は譜面だ、キミにこの音楽は聞こえるか?」と問われたオッペンハイマーが理論物理学の道を駆け上がるシーンに心惹かれた。実際そんな詩的なやり取りがあったかどうかは置いておいて、凄く良かった。ノーランは映画に大胆な嘘や矛盾を忍ばせるきらいがあって、しばしば「語り口が不誠実」と評されるけど、今回はそうゆう虚飾のお陰で物語が飲み込みやすくなっていると感じた。

 この映画について意見を表明するとき「日本人として」という枕詞をつけるのはどうかと思う。別に自分が被爆した訳でもないのに、日本人というだけでお手軽に被害者ぶって良いものか甚だ疑問。
 長崎で被爆した少年が「ピカドン」というあだ名をつけられてイジメられたとか、出身が広島だとわかった途端「原爆病が移る」と言われて婚約を破棄されたとか、被爆者差別の話は枚挙にいとまがない。つい13年前も福島から避難してきたクラスメイトが「放射線が移る」とか言われてイジメられたり、東海地方のローカルテレビが東北の米に「セシウムさん」という蔑称をつけて冷やかすのを見た。戦後から現代に至るまで、日本人は被爆者に対して加害的。

 劇中オッペンハイマーが原爆投下後の惨状から目を背けるシーンがあり、それについて「オッペンハイマーひいてはアメリカが自身の罪と向き合わぬまま自己憐憫に陥っており、日本人として許せない」という旨のレビューが散見されたけど案外、多くの日本人も同じようなもんなんじゃないかと思った。

 
 
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