ヨーク

オッペンハイマーのヨークのレビュー・感想・評価

オッペンハイマー(2023年製作の映画)
3.8
ま、つまんなくはないけどそんな言うほど凄いもんでもなかったなという感じだったので率直に言うとこの『オッペンハイマー』という映画にはそんなに言うこともない。ちなみにこの、面白いっちゃ面白いけど別にそこまででもなくね? という感想はクリストファー・ノーランの前作『TENET』の感想文の出だしとも全く同じで、そういう意味ではノーラン作品として余りにも思った通りの映画すぎたということなのでこれはもう本当に、こんな感じの映画だろなー、と思っていたものがそのままお出しされたので何も言うことがないのだ。
本作に関して何か言うとするならば映画の内容云々よりも、なぜこの映画がストレートに日本で公開できなかったのかという部分についての方が色々と思うところがあるし語るべきことでもあるとは思うのだが、映画の感想文というものからは大きく離れてしまうのでそこは最低限だけにしておいて割愛しておこうか。割愛はしておくが、しかし最低限だけ書いとくと「本作は核兵器の恐ろしさを描いていない」だの「原爆被害者の存在を無視している」だの難癖をつけられていた覚えがあるのだが、それを言ってた人たちは端的に言ってアホか映画を観る目がないかのどっちかだったな、ということですね。
まず本作『オッペンハイマー』は少なくとも俺が観た感想では核兵器の恐ろしさを描いているし原爆被害者の存在も無視はしていない。その上で上記した抗議を大真面目にして、産経でも毎日でも朝日でも超大手の新聞社がまだ公開もされていない映画に対して批判的な言説を展開させたのである。率直に言うと映画本編を観ずにその批判を展開していたのではないだろうかと思う。もしそうだとしたら映画を観ずに批判するなどアホとしか言いようのない行為である。そんなことする奴の言うことはたとえ超大手の新聞社だったとしても聞く価値はない。ではちゃんと映画を観た上でその批判を展開していたのだとしたら、それは映画を観る目がないな、となるだけなのである。上記したように俺はこの映画にはちゃんと核兵器への批判はあったと思うので。だがそんなアホ共のせいで『オッペンハイマー』という映画の公開がハリウッドの大作映画としてはありえないほどに遅れたので本当にこれは笑えない。これ以上書くと映画そのものの感想が無くなってしまうのでここまでにしておくが、バーベンハイマーの悪ふざけに苦言を呈すくらいならまだしも、本当に映画の公開を延期(延期で済んだのは結果論であり未公開になる可能性すらあった)させた例の動きというのは法でもモラルでもなく単なるお気持ちによって大手メディアをも巻き込んで表現の検閲がされたという事例なので決して軽く扱っていいようなことではないと思う。
と、ひとしきり本作にまつわる場外乱闘に対しての怒りをぶちまけたが、しかし最初に書いたようにやっと観ることができた本作も別にそんな大した映画でもなかったな、というのが率直な感想である。お話は皆様ご存知(知っているという体で進める)原爆開発の父であるオッペンハイマー博士の半生を描いた伝記ドラマである。
相変わらずのノーラン節で時系列をシャッフルして大したことのないドラマをさも凄いことであるかのように見せているのだが、実際は大したストーリーなどはないのでそんなものはただの張りぼてでしかないのである。前作の『TENET』でいうと逆回しの世界が映像としては面白いものではあったが物語としては、だからどうしたんだよ、としか言いようがないことと同じである。『TENET』の感想文でも書いたが、やっぱノーランって語るべき物語とか持ってない人なんですよ。エンタメ作品として毎回面白いネタを持ってきて、ちゃんとそれを説得力のある映像で表現しちゃうからなんだかすごいものを観たような気になっちゃうんだけど、お話自体は毎回しょぼいじゃないですか。要はエンタメ娯楽映画の人なんですよ。『インターステラー』なんかはエンタメ娯楽映画として俺は結構好きだけど映像の迫力は抜きにしてお話自体はなんてことの無い家族サイコー! なだけですからね。
ただそんなエンタメ映画の天才であるノーランが本作のようなハッタリで誤魔化せる要素のないヒューマンドラマを撮ろうとしたのは(俺だってSFやアクションだけじゃなくて重厚な人間ドラマを描けるんだ…!!)と思ったのかどうかは知らないが、まぁ結論としてはノーラン君こういうの向いてないよ、という感じでしたね。いや最初に書いたようにトータルでは面白くはあったよ。でもやっぱ無駄に長いし、その無駄な尺稼ぎ感があるのがノーラン入魂の人間ドラマとしての後半の赤狩りパートなんですよ。本作の主題は正直原爆開発と同等かそれ以上に赤狩りパートに費やされているが、そこがもうだるい。時間軸が行ったり来たりする演出も特にテーマの芯を捉えているわけではないし、時間軸的には最新であるはずのロバート・ダウニー・Jrのパートがモノクロになっているというのがまた特に意味もなく分かりにくくなってるだけでマイナスポイントである。その辺もっとカットして、長めの尺としても130~140分くらいまではいけただろうと思う。
まぁ公聴会のシーンとかは人間ドラマ(特に重厚でもない)を描きつつ、悪役としてのロバート・ダウニー・Jrの描写もできて二度おいしいというのもあったのだろうが、そのせいで薄っぺらくなってんだよ! という大問題があるだろう。その辺のどうでもいいシーンを重ねながら結局は憎まれ役を立てるような娯楽映画しか撮れない(これは悪口ではなく適性の問題です、俺はつまらないアート映画よりは面白い娯楽映画の方が好きだよ)って感じの作品だったので、できもしない人間ドラマをやろうとしたせいで個人的にはそんなに面白い映画ではなく特に言うこともない今までのノーラン作品と本質的には変わらない映画って感じでしたね。その結果として、これはもう言わなくても分かるだろということでできれば言いたくなかったが、やっぱなげーよ、というのが結論となるような映画でした。
もっとだるいところはバサバサ切って、科学の進歩とその進歩に合わせて変化できない人間、というくらいの分かりやすい構図で120分くらいにまとめた方が良かっただろうなー、と思ってしまいますね。まぁでも「世界の武器庫に“核兵器”という新しいものを追加してしまった」という苦悩はある意味では世界の劇的な変化を描いてもいて、昨日の世界と明日以降の世界は全く別のものになってしまったのだ、というところはSFホラー的な部分もあり、そこに根差すオッペンハイマーの苦悩も感じられて良かったですね。
大気に引火して世界が焼き尽くされるという間違った計算に基づく予想は、別の形で現実となり「私はかつての(核兵器のない世界)を焼き尽くして核兵器のある世界を作ってしまったのだ」というオチは良かったと思う。ただ、個人的には別にオッペンハイマーという人間が存在しなくても他の誰かが同じ時期に核兵器を生み出していただろうと俺は思うので、その辺がやっぱ人間ドラマとしては薄っぺらいんですよね。
ということでノーラン監督はやっぱ、もっとどうでもいいストーリーで凄い映像の作品を撮る方が絶対に向いてると思うので次回作はもっとバカ映画っぽいのが観たいなと思いますね。そういう意味では何だかんだ『TENET』みたいなやつが一番合ってるのかもしれないですね。
ヨーク

ヨーク