ぎー

オッペンハイマーのぎーのレビュー・感想・評価

オッペンハイマー(2023年製作の映画)
4.0
ノーラン作品は全作品を鑑賞してきたが、今作もこれまでの作品同様"完璧"だった。
もはや、"オッペンハイマーの映画"を見ているのではなく、"クリストファー・ノーランの映画"を見ていると錯覚する、そんな映画鑑賞だった。
それほどまでに彼の映像表現力、音響や音楽との同調力、映画全体の構成編集力は現代映画界で突出している。
今年のアカデミー賞で本作は7冠を達成したが、それは当然のことで驚きは無いし、世界に数多いるノーランファンの1人としては、むしろ作品賞や監督賞を獲るのが遅すぎた、という想いが勝る程度の感想しかない。
これまでの彼の全作品を見てきている(そんな人は山ほどいると思うが)個人的には、これまでSFやアクション主体の作品でその才能を如何なく発揮してきた彼が、伝記映画でもその凄さをまざまざと見せつけたといったところか。
公開時にはこの映画はノーランに欠けていたオスカーを獲りにいった映画なのかな、と一瞬思ったりもしたが、彼ほどの天才はきっとそんなことも気にしていないだろう。
忙しい現代人はどうしても映画館に観にいく映画は選ばざるを得ない。
そんな時、伝記映画ジャンルは自宅鑑賞に回されがちだ。
しかし本作はこれまでの伝記映画とは全く異なる。
是非とも映画館での鑑賞を強くお勧めしたい作品となっている。
観終わった瞬間から既にノーランの次回作を鑑賞するのが楽しみだ。
そんな監督、世界にそう多くはいない。

内容は世界中が知っている通り、"原爆の父"オッペンハイマーの伝記映画。
もしかしたら広島や長崎で被爆者を家族に持つ方々には直視し難い内容かもしれない。
ただ、一日本人として思ったのは、日本人こそ見なければいけない映画である。
どうしてあのような悪魔のような兵器がこの世に産み落とされたのか。
産み落としたことや、広島や長崎への投下を世界が(アメリカが)どう受け止められているのか。
辛いけどどんな事柄も一面的に見てはいけない。
原爆を多面的にみる一つの機会だと、そう思った。

オッペンハイマーという人物も世界史では知ってはいたけど、これだけ深く知ることは無かったので、非常に興味深かった。
彼についての描写も様々あると思うが、僕が個人的に接していたこれまでの情報は、比較的彼を善人として扱っているものが多かった。
なので、本作の描写はかなり厳しかったように感じた。
もちろん彼に悪意があったわけではないし、マッドサイエンティストではない。
しかし、彼の"人間らしい欠点の部分"が原爆開発や原爆投下に抗し得なかったことは事実だし(繰り替えにはなるがそれは罪ではないが)、もしかしたら彼らは世界的な天才であるが故に彼らの所業は"過失"とすら表現しているように感じた。
そんな描写だから、少なくとも日本では、本作の最大の盛り上がりの一つである原爆実験成功にも、原爆投下に全く高揚感も感じないし、未来への憂慮と漠然とした不安と、それと大きくギャップのあるプロジェクトメンバーの高揚感に対する冷めた感情だけがある。
アメリカでどのように受け止められたかは定かではないが、少なくともそのように受け止める余地を残しただけでも、本作については多方面から色々言われたものの、個人的には適切な描写だったように感じた。

そして、キリアン・マーフィーの演技も素晴らしかった。
オッペンハイマー本人を知っているわけではないが、彼の内心やコンプレックス、葛藤が、不必要なセリフを介してではなく、表情や行動からしっかりと伝わってきた。
そこにはバットマン3部作のスケアクロウの影は全く無かった。

ロバート・ダウニー・Jrも凄かった。
恥ずかしながらエンドロールまで、彼がオッペンハイマーを追い詰めるストロースを演じていたことに気づかなかった。
ロバート・ダウニー・Jrは大好きな俳優だが、演技派という印象はなかったので、僕らにとっては彼の新たな一面を知る、彼にとっては世界に実力を示す、大事な作品となった。

時系列をグジャグジャにするのはいつものノーラン通り。
そのせいで作品に入り込むのは難しくなっていたが、一度入り込んでしまうと、全くストーリー進行から目が離せなくなり、本当にノーランはよく考えてるなって改めて思った。

本作は戦争への警告や、オッペンハイマーへの否定的な再評価だけを目的にしているわけではおそらくない。
AIを筆頭とした最新のテクノロジー開発への警告も含まれているように感じた。
少なくとも、僕はそのように受け止めた。
人の世を"技術的に"進歩させる理論があって、それを具現化することが可能だとして、それを具現化して良いかどうかは一つ一つ考えて、しっかりと議論しなければいけない。
そうしないと、本作の中で天才科学者たちが行なってしまった"過失"を繰り返すことになる、と。
ノーランはエンタメ性を全く損なうことなく、そういった社会性のあるメッセージもしっかりと込めてくる。
このような作品を作り出してくれたことに感謝だし、改めて次回作も今から楽しみだ。
ぎー

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