なべ

オッペンハイマーのなべのレビュー・感想・評価

オッペンハイマー(2023年製作の映画)
3.2
 これは日本人にとって相性の悪い映画。今回だけは自分が日本人であることをつくづく思い知ったわ。
 日本への原爆投下は描かず、ひとりの科学者、ひとりの人間としてのオッペンハイマーにフォーカスすることに、観る前はなんら不都合を感じていなかった。何ならスパイク・リーが「ぼくなら、原爆を日本に2発投下したことで何が起きてしまったかを見せる」と語ったことに対し、「そういう頭の悪い激情に流される描写をノーランは嫌ったんでしょ」と異議を唱えたかったくらい。
 ところが、観終わってまず思ったのが「上映時間が3時間もあるなら、ぼくなら日本人に起きた出来事を何分か追加したい」って、スパイク・リーへの激しい同意だった。
 だってさ、原爆の発明にまつわる功績や葛藤、思想や政治的怨恨をあれほど緻密に描いておきながら、罪についてはほとんど描いてないんだから。オッピー目線だとわかってるけど、とりわけ日本人は思っちゃうのよ、そりゃないぜノーランさんよと。
 隣国の人みたく、今さら「あやまれー!」と声高に叫ぶつもりは毛頭ないけど、これだと、広島や長崎で蒸発した街や市民、生き残ってなお原爆病に悩まされた人々が浮かばれない。
 これはもう日本人としてどうしようもなく、生理的に反応しちまうんだよなあ。広島・長崎の被害に比べたら、オッペンハイマーの私生活や苦労、思想なんかなんぼのもんじゃい!ってね。
 なるほどナチスのホロコーストで死んだユダヤ人に比べたらうんと少ないのかもしれない。それでも21万人の非戦闘員が瞬殺されてるんだよ。ナチスは虐殺で戦争犯罪なのに、原爆はお咎めなしってどんな理屈だよ!と、平和な時代に生まれた世代だけど、ちょっと腹立つ。
 重々わかっているつもりだったのに、思いのほかぼくは日本人だったわ。だいぶ前に観たのに、レビューが遅れたのは、冷静に評価できてなかったから。でもたぶんいつまで寝かせておいてもこれ以上、冷静にはなれない(ノーランのようには考えられない)のでこのままアップしちゃう。
 キリアン・マーフィーの演技はとても良かったし、老けメイクの自然さも素晴らしかった。精神科医にして精神をやられてるジーンは強く印象に残ったし、原子力委員会の委員長の人間の小ささに甚だ呆れ返った。こいつのしょーもないねちっこさにこんなに重きを置くなら、そのエネルギーの一部でも原爆の罪の方に割いて欲しかった。だってノーランならできるでしょ。

 原爆の父の人となりにフォーカスしたオッペンハイマー伝はまずまずおもしろかったんだけど、それだけで終わるところに、なんというか、白人の東洋人への差別観がチラつのはぼくだけ?
 「これは日本の話じゃないから」「ドキュメンタリーじゃないから」「オッペンハイマー視点の映画だから」と、言いたいことはわかるが、それによってどんな結果が生まれたのかに言及しないのは、やっぱり座りが悪い。せめてエンドロールの背景に原爆被害の写真を挿入するだけでも随分印象が変わったと思うんだけど。
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