なべ

哀れなるものたちのなべのレビュー・感想・評価

哀れなるものたち(2023年製作の映画)
4.8
 ロブスターでしてやられてからというもの、ずっと彼の毒に取り憑かれてきた。だから予告編の絢爛豪華な煌びやかさをみて、大いに期待すると同時に、ちょっとした不安も感じていた。ヨルゴス・ランティモスにしてはメジャー感が強過ぎるんじゃないかと。スタジオこそサーチライトピクチャーズだが、パッキーンと明るい画面(ほら、インディーズ映画ってなんか煤けててうす暗いじゃん)やゴージャスなムードが大作然としてて。しかもストーリーがわかりやすいでしょ。え、わかりやすい?
 今までリテラシーの低い観客など見向きもしなかった、ある種観客の甘えを許さない、確固たる作風が身上だったランティモス作品にしては、めちゃくちゃわかりやすいぞ。もしかしてわかりやすさの奥に何か忍ばせてあるとか?
 時勢は順行、章立てになってて、ロンドンからリスボン、豪華客船でアレクサンドリアをめぐってパリで降ろされ、文字通りゼロからステップバイステップで獲得する価値観が決まってるとか。どんなバカでもハッキリとテーマが掴める親切設計やん! ベラの周りに不純物のない世界が構築されていく様子が手に取るようにわかるのが、ものすごく鮮やかで驚異的。もちろんそこかしこにランティモスならではの毒やエロスは配置されてるのだけれど、それすら薬味でなく、ちゃんと章ごとのサブテーマになってるからね。
 しがらみや社会のルールに縛られない目でみたデフォルトの世界をそのまま価値感として取り込んでいくベラの成長がスリルであり、またサスペンスでもあるという知的なおもしろさよ。
 あまりによくできていて、鑑賞後、レビューすることなど何もない!と、それくらい完璧で完結していた。もはや疑問や考察の余地はなく、ただ供されたご馳走をいただくだけ。なのに気持ちはおかわりを欲していて、まるで覚醒剤のようなヤバささえある。
 いつもは偏屈なニッチ作を送り続けていたけど、こんな野心も抱えていたんだなあ。すごいっすランティモス師匠!
 一部に、なんでスチームパンク?とか、なんでビクトリア朝衣装なのに下半身は現代?とかちょっとした疑問はあるのだが、エマ・ストーンの趣味なのかと、プロデューサーとしての彼女のコダワリと解釈することにした。
 原作では後半、ベラが今までの話は全部嘘でした!と信頼の置けない語り手がちゃぶ台ひっくり返すんだけど、そういうことはせず、終始ベラのワンダーランドとしているのも潔い。
 何も言うことはないと言いながら長々と書いているのもおかしな話だけど、これは年に数回しか映画に行かない人も観ていい映画。月曜の3分間スピーチで話せます。
 とはいえ終映後、「結婚式のシーンで終わりだと思った」と話してるのを耳にして、よくまあそんなディズニー脳でこの18禁作品を観に来たなと、ちょっと驚いたりしたんだけど、まあそれもよし。
 そもそもサーチライトピクチャーズはディズニー傘下なのだが、さすがにここまで監視の目が届かなかったのか、アホなポリコレ縛りを免れている。もしかしたら、“現代のピノキオを女性に置き換えて”とか、うまいことプレゼンしたのかもしれないが(それを聞いてたディズニー役員が完成試写を観てどんな顔をしたのか見てみたいけど)、ディズニーがこだわる浅いポリコレより、むしろもっと本質的な人種問題やセクシャリティに踏み込んでたから、ちんこ丸出しでまぐわってても文句が言えなかったのだとしたら小気味いいよね。

 震えるほどに酔えたランティモスのゴージャスな裏切り。師匠、恐れ入りました。
 それからララランド以来、志の低いありきたりの女優と認識していたエマ・ストーン、ごめんなさい、ぼくが間違ってました。話が進むにつれ、眼に知性が宿っていく様をまざまざと見せつけられ、野心も実力も度胸もある大した女優とあなたを上書き保存しました。
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