なべ

ボーはおそれているのなべのレビュー・感想・評価

ボーはおそれている(2023年製作の映画)
4.8
 なにこれ、滅茶苦茶やん。でもサイコー!
 最初は仕掛けられてるヒントやメタファーをなるだけ見逃さないように注意しながら観てたんだけど、途中で諦めた。情報量があまりに多過ぎて、仕掛けを追うのが大変なのと、イースターエッグにまで気を取られていると、せっかく用意された邪悪なワンダーランドなノリに乗リ損ねそうだったからだ(さすがに大きいのは見逃さなかったけど)。コメディなのにノれないのは癪だもん。とはいえ最後まで圧倒されっ放しで結局クスリとも笑えなかったのだが。隣の平成生まれの友人などは、肩を揺すって笑ってたというのに。友人が笑うたびに、「あ、ここ笑うとこなんだ」と気付かされる悔しさたるや。
 ただ、ホアキン・フェニックスはミスキャストだと思った。ボーのふにゃふにゃした演技を見ながら、ホアキンの演技への戸惑いを何度も感じてしまったから。ヘレディタリーでもミッドサマーでも、演者を意識したことはなかったのに。もしかしたらホアキンはボーを理解できてないんじゃないかとさえ思ったくらい。

 くぐもった音の暗闇から明るい世界へと飛び出してくるオープニング。出産の瞬間をPOV目線で表現するとは恐れ入ったが、ここでなんとなくガープの世界のようなイメージを持ったんだよね。そのせいか、その後の展開がボーが見た世界、つまり一人称目線の認知の歪みだと気づくことができた。そうとわかれば、辻褄の合わないことや、意味不明な描写があっても大丈夫。みんなボーの妄想だからと言っちゃえるからね。
 ストーリーはひと言でいうと、愛し方・愛され方のわからない母と息子のリレーションシップ(因縁と呼んだ方がいいのか)の話なんだけど、派手すぎる割にどこか私的で捉えにくいところがあって、そこが私小説っぽく感じた所以。もしこれがアリ・アスターの過去の経験に起因しているのだとしたら、ぼくは笑えない。ホラーのように感じた。トゥルーマン・ショーも全然笑えなかったからね。
 終盤、モナのフォトモザイクアートの中に、外科医のロジャーやエレイン、タトゥー男の顔が確認できた瞬間、うわあああああと迫り上がって来る戦慄。こえーよ。
 とはいえ、前述したようにこれはボーの目線。なんならすべては妄想だったで済ますことができるんだから。生まれた時に頭を強打した件、カウンセリングを受けている件、毒蜘蛛が徘徊してる件等から、描かれている世界が現実でない可能性はえげつなく高いのだ。
 ぼくはエレインさえ、母親の用意した偽物じゃないかと思ってるくらい。
 オオカミの家の壮大なアニメーションも、毒母の支配がなかったらそんな世界線もあったかもねって話だからね。
 一時が万事そんな具合だから、話は“どうでもいい”としても構わないと思う。ところどころなんかわかると共感するもよし、そんな話に3時間も付き合う義理はないと席を立つもよし。
 こんな映画制作を許されるのはアリ・アスターくらいだと思う。甘やかされながらも、精神に異常のある人の世界を映像化する試みとしては“立派な”作品なのではないか。
 最初に書いた「滅茶苦茶やん。でもサイコー!」が言い得て妙かと思う。ディスクを買って、細かい仕掛けを検証するのも楽しそうだ。
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