Nella

ブレイキング・バッド SEASON 3のNellaのネタバレレビュー・内容・結末

5.0

このレビューはネタバレを含みます

ウォルターやジェシーについて書く人はたくさんいると思うので、スカイラーとマリーのランバート姉妹について書きます。別に分析でもなく単なる感想ですが、一気にベター・コール・ソウル最終回までのネタバレを含みますのでご注意下さい。

IFTに至るまでスカイラーは、善良だが田舎のプライドの高い勘違い主婦みたいに描かれている。文学者に憧れつつ何の努力もしておらずフリマサイトの稼ぎを家計の足しにしている。S3前半では夫が犯罪者であることに怯え、明らかなDVも警察に訴えることができない無力感もある。スカイラーに対するDVはウォルターが犯罪者であると明かさないと証明できないからだ。
その頃相談していた女性弁護士にも「離婚理由を子供に隠し続けるのは難しい」と助言されるが、「息子に(父親が犯罪者だと明かすなんて)そんな酷いことはできない」と拒否する。息子は脳性麻痺で生まれつき足が不自由で、S1ではそれが原因でいじめにも遭っている。これまでスカイラーが障害児の母親として、どれだけ苦労してきたかがその台詞で窺える。父親が教員であればと、ウォルターを頼みの綱にしてJPウィン高校に行かせているとも考えられるし。ウォルターのDVの目的はスカイラーの精神的支配だが、この夫婦は元々10歳差があり、スカイラーは24歳でジュニアを産んでいる。田舎町で目立つ金髪長身のトロフィワイフは、大金持ちのお嬢だったグレッチェンを勝手な劣等感から諦めた、ウォルターの挫折を埋めて余りある存在だっただろう。しかしスカイラーが凄いのは、ウォルターの支配欲がマチズモ的であると見抜き、テッドと浮気することで「形式上は夫婦という共犯者だが、もうお前の『女』ではない」と示した所にあると思う。(マチズモは『男』を挫かれるのが一番堪えるから…)
そこから田舎町で燻っていた彼女の才能が開花していくのも痛快で、とにかく行動力と度胸が素晴らしく、麻薬帝国の屋台骨であるマネロン面を支えていく。悪事を通してウォルターと一旦夫婦仲が戻ったりもするが結局は件の女性弁護士に助言されたとおりになる。相談の時点でウォルターの家族への庇護はすでに破綻していたのに、そこがスカイラーの誤算だったと思う。正直に話して離婚していればジュニアをこんなに深く傷つけることはなかったのに。でもこんなに頭の良い女性でも、子供のことを思うあまりに見誤ることがある、というのは悲しくもあるあるだと思った。

マリーはこういう所自分にもあるなあ…と思わされるキャラで、とにかく頭良く見られたくて、かえって馬鹿なことばかり言ってしまう(訳されなかったがS1の「シボレーとアップルパイ」とか。アメリカの慣用句で「切っても切れない」みたいな意味らしいが、癌と大麻の例えとしてはズレている)。とにかく他人に尊敬されたくて自分を実力以上に見せようとして空回っている。たぶん寂しいのだと思う。あと女性ホルモン。マリーは女性ホルモンに振り回されすぎな感じがあり、この年齢で子供もいないが、もしかしたら婦人科系が原因で子供は諦めているのではないか。モデルハウスで「子供は好きじゃないから欲しくないの。ひどい女だと思う?」と言っていたがそれは強がりの嘘で「子供は欲しかったけど出来なかった」と本当のことを言って、同情されたり腫物扱いされる方がマリーには辛いのだと思う。何でそんな言い切れるかっていうと私がそうだから。
不妊の女性にとって子供は手に入らないぼんやりした宝物みたいな感じなのに、わりと年がら年中「お子さんは?」って聞かれると答えも迷走しますわ。(S1で既に伏線が色々あって、例えば不妊の妹に面と向かって「ティアラよりもっと実用的なベビー用品が欲しい」とは言えない。あと妊婦に平気で脚立登らせるのもただの無神経ではなく、妊娠したことないから妊娠中の危険に気が回らないのだと思う)そう思うとS5でホリーを誘拐しようとしたのも唐突な思いつきではないのだろう。
ハンクは本音はマリーが大切なのに口では「どうしようもない愚妻」と貶して見下すし、仕事も超忙しい。誰にも尊重してもらえず寂しいからモデルハウスで理想の姿を騙るのだろう。虚言癖が高じて、幸福に繋がりそうなイメージの素敵な品物を盗むんだと思う。「私は悪くない」と他責的なのも事情を知らなければただのワガママ女だが、夫がハンクだからさあ…。
ハンクはDEAの捜査官として尊敬を集めており、実際に有能だが、思いやりに欠ける露悪的な人間性に問題がある。露悪性のせいで実際に優しさを失うという「間違った男らしさ」の典型でもある。そのハンクが下半身不随になりかけた時の献身ぶりを見ても、根はとても善良だし、マリーは私には凄く可哀相な女性だから、ベタコであんな悪役みたいに出てきてちょっと悲しかった。ハンクとの思い出を美化してたり、ハンクのために懲役76年になれなんてとてもマリーらしいけど。
仕事がレントゲン技師というのはマリー役ベッツイ・ブラントのアイデアだそうで、「癌について少し口出せる程度に詳しいが、医師ほどではない」というキャラも巧いと思う。
ヴィンス・ギリガンはスカイラー役のアンナ・ガンについて「こんな共感しにくい人物をよく演じてくれた」みたいに言っていて、確かに私も一周目はウォルターのマチズモがいかに格好良くて気持ちいいか、という視点で見てたので彼女やジェシーを邪魔に感じることもあった。よく考えたら主人公が一番邪悪なのに、悪事の足を引っ張るから邪魔というのもおかしな話だ。ウォルターの作り上げた架空のマチズモに傾倒しすぎた人が、彼女に殺害予告とかしたのだろうと思う。ドラマが上手くいってる証拠だと思うけど、フィクションと現実を混同しすぎだ。
ブレイキングバッドは女性像がステレオタイプと言われがちだが、私は女性を人間としてよく描けていると思う。人間を描こうとしたら勢い女性も『人間』に含まれた、という結果論にも感じるが、結果良ければ全て良し。逆に女性が小道具とか賑やかしとか、全然人間に含まれないドラマって他にたくさんあると思う。
Nella

Nella