アメリカン・クライム・ストーリー/ヴェルサーチ暗殺のネタバレ・内容・結末

「アメリカン・クライム・ストーリー/ヴェルサーチ暗殺」に投稿されたネタバレ・内容・結末

アンドリューは才能に溢れた素敵な人だと周りの人も思ってくれているのに、自分の嘘のせいで不幸になっていく。実話のことは知らないけれど、本当にいたと思うと凄く悲しい気持ちになった。
記録
2020 3本目
Netflix 吹替
嫉妬深く、プライド高く、ホラ吹きで、それで結局は自らの保身に走る大変汚ねーヤロウの話だなぁと腹を立てながらみてたら、5話、6話、7話と進むごとに彼の心情もたしかに全く理解できないとは言い切れない。全部、あのアンドリューのクソ親父のせいだよ!
話が遡ってくるという話の構造が面白いなぁと思いました。遡りながらもクライマックスにヴェルサーチとアンドリューの最後の会話のシーンをもってくる巧さ。8話、はじめから特別だと育てられた男と特別になるために努力しろと育てられた男の対比は分かりやすい。
あと、やっぱり、アンドリュークナナンを演じたダレンクリスの演技が上手いんだろうなぁ。
ハンサムで要領のいい主人公は、ナルシスティックにどんどん他人に成り代わって行き破滅をどこまでも先送りにする。まだ事件そのものを調べてないので、この犯人像がドラマの演出なのかは分からないが、パトリシア・ハイスミスのリプリーのよう。登場人物たちに通底しているのはあらゆる負い目であり、それをカバーしようとして一方で口をつぐみ、他方で泥沼へと誘い込まれていく。

4話のピックアップトラックでの逃避行は、Baffalo66やイージーライダー、パーフェクト・ワールド等々、<罪>を背負った二人がアメリカを自動車で巡礼しながらそれまでの罪を悔いる(が、救済はあらかじめ不可能である。ゆえに破滅を受け入れるための)救済の旅である。のと同時に、その道中、一方がもう一方を常に誘惑し続ける(アメリカ映画はよくカーチェイスが多いと言われる、というかO.Jもしてたし(笑)あれも変なカーチェイスだった。が、ここでは実際に警察なんかとのカーチェイスそのものが始まるまでに当たる、この引き伸ばされた破滅までの逃走の猶予期間というか、車のなかの二人の心理的な関係にストックホルム的な甘いチェイス/サスペンス関係が置き換えられている)という、この原型はナバコフのロリータだろうと思うが、この回だけで映画1本作っても傑作になっただろうと思うくらいあの逃避行をずっと見ていたかった。アメリカの出口はずっとメキシコ(かカナダ)だ。現代のアメリカはノスタルジー以外にこのカーチェイスの出口を塞がれてしまったように思える。

5話のタイトル "Don't ask, don't tell"は90年代クリントン政権下、軍隊のなかのゲイの人権を認める運動というか「こっちもゲイかどうか聞かないから、お前もゲイだとしても言うな」という妥協案が成立したときの標語で、それまでだと見つかると軍をクビになっていた。

6話のパトロンの一人に"リプリー・ゲーム"をしていた嘘を暴かれ、大学に行き直し真面目に暮らせと諭されたアンドリューが言い放つのは"オーディナリーであることの屈辱感"であった。ソフィア・コッポラのブリングリング的でもあるが、一方でなるほど、と思った。

前回のシリーズがO.J.裁判をモチーフにアメリカの黒人問題を描きながら同時にTVによるニュースのショー化/現代のフェイクニュース化を写していたのだとすれば、今回はヴェルサーチ殺人事件をきっかけにゲイ問題をメインモチーフとして描きつつ、いわゆる"Atypical"であること/でないことが強いてくる負い目・疚しさ(の意味がここから二十数年足らずで180度回転したと思えるくらいの進歩を遂げたアメリカ)を写している、と言えよう。一方でその進歩はアメリカの驚くべき偉業である。しかし、ヒラリーが負けたのは"古き良き(ゲイでも移民でもマイノリティでもない)オーディナリーなアメリカ"だったのだ。それをアンドリュー/リプリーに言わせる。

8話 圧倒的。Netflixで今のところベスト。アジア系によるアメリカンサイコ、ウルフ・オブ・ウォールストリートのダークサイド、マニラ編は地獄の黙示録。本当のことを打ち明けても嘘にしか聞こえない場合、信頼されるためには本当らしい嘘をつく必要があるのだ。

フィリピンはアメリカの旧植民地で戦前から公教育で英語が採用され戦後も徹底的にアメリカナイズされた国。どうして父親はアンドリューだけを可愛がったのか。それは彼だけがコケイジャンだったから。あらゆるoccasionを掴んできた父が掴めなかったのは白人という生まれ。フィリピン人という人種に生まれたこと。白人だけがスペシャル。だから息子を白人にするためだけのために、白人の母親が必要だった。息子への溺愛と崇拝そして妻への憎しみと侮蔑というアンビヴァレンスにフィリピンにおけるアメリカが凝縮されている。

これが単なる差別であれば制度と権利を保障すればあるいは済んだかもしれない。が、これは(国内における)権利の拡充などで済む話ではない。19世紀以来の植民地政策という失敗をアメリカの犯罪として描こうとしている。

日本は奇跡的に国民文学というものが存在してしまったアジアの国なので、フィリピン人の公用語に英語を話す人が多かったりすると先進的な国なんだと感心してしまったり、どの国にもその国の国語で書かれた有名な国民作家の一人や二人いるものだと何の気ナシに思ってしまうが、そう簡単でもない。現代文明がヨーロッパ、アメリカの礎の上に立っている以上、経済的に先進国かどうかは関係なく日本も含め後発の国は、ヨーロッパ世界に対してコンプレックスを抱えている。私たちは否応なく彼らをモデルとせざるを得ない。とはいえ、この非対称性はもはやcrimeの域を超えているとも思う。ま、いずれにせよ、この感じで行けば次シーズン辺りで日本も出てくる?楽しみ。本当に素晴らしいシリーズ!
95点
徹底された雰囲気作りや演出、撮影はS1より優ってたし、アンドリュークナナンの演技は非常に素晴らしかった。

プロット自体は犯人のアンドリューと被害者のヴェルサーチの過去を遡り、互いの共通点、相違点が明らかになっていくもの。
4、8、9話が抜群に面白い。

4話は非常にサイコで、アンドリューの恐ろしさを美しく描いていた。
しかし、5から7話はアンドリューとヴェルサーチの性的趣向に重きを置いた展開を引っ張りすぎた気はする。

8話で遂にアンドリューとヴェルサーチの幼少期に遡ることになり、やっと家族での立ち位置だとかが明かされた。
この話はアンドリューを知る上ですごく重要で、説得力のあるエピソードで素晴らしかった。
2人の決定的な違いは親で、それがタイトル(創造者・破壊者)になってたことに気づいた時は唸った。
クナナンがデイビッドを愛した理由わかる気がする。
家庭環境でこんなに人は違う育ち方をする、といういいドラマ。

主演の方の狂気がすさまじかった。
ドラマは苦手なのに最後まで見てしまいました。
すっっごく面白かったけど、わー!!面白かったー!!と手放しで言えない…。
実際に起きた事件や実在の人物を描く作品を見ると最近よく思うことで、いいんだろうか…という気持ちが自分の中でぐずぐずしてしまう。
それにしてもヴェルサーチとアンドリュークナナンの対比がどうしようもなく悲しい。でもこの作品で描かれたクナナンの気持ちも、あくまでフィクションなのだということを忘れてはいけないと思う。
デヴィッド役の彼が良かった。
ダレンクリス、最高。
マットボマーが8話目を監督するというのでみはじめたら…すっかり話に引き込まれてしまいました。
1話目でヴェルサーチが殺害され、2話目以降はヴェルサーチ殺害から少しずつ昔に遡るという構成。なので1話目を視聴時はよくわからなかったことが最終話で全て繋がり理解できました。
セクシャルマイノリティーであることで自分を偽らざるを得なかった人、得られるはずの扱いを受けられない事実…いろいろなことを考えさせられました。

【私的高ポイント/つっこみポイント】
・ペネロペクルスの英語がセクシー
・ヴェルサーチ邸が住み心地は悪そうだけど美しい
・マドソンさんいけめん
・魅入りすぎて目的の8話の監督をマットがしているのをすっかり忘れて視聴