サマセット7

エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンスのサマセット7のレビュー・感想・評価

4.5
監督・脚本は「スイス・アーミー・マン」のダニエル・クワンとダニエル・シャイナーズのコンビ、通称「ダニエルズ」。
主演は「グリーンデスティニー」「クレイジー・リッチ!」のミシェル・ヨー。

[あらすじ]
コインランドリーを経営する中国系アメリカ人の中年女性エヴリン(ミシェル・ヨー)は、父ゴンゴン(ジェームズ・ホン)の介護問題、夫ウェイモンド(キー・ホイ・クワン)との夫婦関係、一人娘のジョイ(ステファニー・スー)との親子関係にそれぞれ問題を抱え、そこに店の煩雑すぎる経営問題が加わり、パンク寸前の大混乱状態。
そんな中、納期の迫る税務申告のため、IRS(国税庁に相当)に出頭し、監察官(ジェイミー・リー・カーティス)の指摘にタジタジになる中、突如、"別の多元宇宙"からやって来た、もう1人の夫から、全多元宇宙の危機を救うための協力を求められ…!!!

[情報]
2023年3月13日に開催されたアカデミー賞において、最多7部門を受賞し、しかも作品賞、監督賞、脚本賞、主演女優賞、助演男優賞、助演女優賞の主要部門を独占した作品。
近年のオスカーでここまでの独占は記憶になく、アジア系俳優の躍進も含めて、間違いなく映画史的に2020年代を代表することが確定している作品である。

製作には、「アベンジャーズ/エンドゲーム」のルッソ兄弟が参加し、配給はインディー系作品を手がけて独自の地位を築くA24が担った。

とにかく記録的な作品である。
アジア系人種の主演賞獲得は男女問わず今作が初。
SF作品の作品賞受賞も初。
また、史上最も多くの映画賞を受賞した作品とされている。

ジャンルは、コメディ、SF、カンフーアクション、ヒューマンドラマなどのミックス。
タイトルを直訳すると「全てのもの、全ての場所を、ひと時に」といった意味かと思うが、ジャンルミックス具合も全部載せの趣がある。

今作のキャスティングは絶妙である。
アジア系俳優のハリウッドでの地位は長らく低いものであり、主演俳優として起用される機会はほぼ皆無であった。
中国系マレーシア人のミシェル・ヨーは、香港映画でアクション女優としてトップスターとなったが、ハリウッドでは不遇の年月を過ごし、2023年現在で御年60歳。
今作でオスカーをつかんだ姿は、今作の苦労を重ねたエヴリンの姿に重なる。

夫役の中国系ベトナム人のキー・ホイ・クワンは、「インディージョーンズ/魔宮の伝説」(84年)や「グーニーズ」(85年)の子役で知られるが、その後はアジア系ゆえにそもそも役がないため、俳優としての起用がなく、専ら武術指導スタッフとして生計を立てて来た。
優しいだけが取り柄の「何ものでもない男」である今作のウェイモンドに、これ以上適した俳優はいない。

この2人に加えて、「ハロウィーン」シリーズや「トゥルーライズ」などのジャンルムービーで活躍してきた元絶叫クイーン、ジェイミー・リー・カーティスが、今作多元宇宙の多様なキャラクターを見事に演じている。

これらハリウッドで適正に評価されて来なかった3人が、揃ってオスカーを獲得した結果は、今作のキャスティングがいかに優れていたかを示している。

監督・脚本のダニエルズは、様々な過去作品の影響を受けており、マトリックスや2001年宇宙の旅、ウォン・カーウェイ作品など、明らかなオマージュも頻出する。

今作は、批評家から絶賛を受けており、一般層からも(一部困惑されつつも)広く支持を集めている。
製作費は2000万ドルとされる。
本日現在、日本での公開(2023年3月3日)から2週間ほどが経過したところで、アメリカ公開2022.4.8からは1年ほど経過しており、すでに1億ドル以上の大ヒットとなっている。

[見どころ]
背景の濃いキャストによるカンフーシーンの呼ぶ、曰く言い難い感動!!!
キー・ホイ・クワン!!!!
ミシェル・ヨー!!!
キレキレのカンフーアクションを見るだけで、何だか泣けるー!!!
くだらないお下劣ギャグの連打!この作品がオスカーを総ナメする時代、万歳!!!
オスカー受賞の3名をはじめ、キャストの演技がどれも凄い!!!
七変化のステファニー・スー!!!!ジェームズ・ホン!!!!94歳!!!!
可能性により分岐する多元宇宙(マルチバース)というSF設定を最大限に活かした、何層にもわたる、テーマ性の深み!!深すぎる!!!
そして、絶対的な価値の軸が失われた現代に生きる、誰もに刺さる普遍的なメッセージ性!!!!

[感想]
これは、とんでもない映画!!!

SF、コメディ、アジア系俳優中心の役者陣、と従来のオスカーならかすりもしなかったであろう要素がてんこ盛りな作品だが、ここまで評価された理由は何であろうか。

まず、2016年にピークに達した「白すぎるオスカー」への批判に対応した近年のオスカー会員の構成率に関する改革の結果、非白人の関連作品が格段に受賞しやすくなったことの影響は確実にあろう。
パラサイト半地下の家族やノマドランドなど、アジア系を評価する流れはたしかにあった。

また、今作において、テーマ性や語りたい家族のドラマが作品の中心に据えられていて、マルチバースといったSF設定がテーマを語るための手段として完璧に機能している、という点も評価を高めた一因だろう。
ジャンルムービーのギミックが使われていようとも、そこに人間ドラマが描かれていて、ギミックを使う必然性があれば、評価はされる、ということだ。
お下劣ギャグが容認された理由はよくわからないが、もはや表現手段にタブーはない、という時代の流れとして一応理解できようか。

そして何より、今作が、多くのアカデミー会員たちの共感を生んだ、という点が、何より大きいのではないか。

今作は、様々な層の問題に触れて、これらに救いの光を当てる作品となっている。
三世代間のギャップの問題。
すなわち、親は子の世代の考えが理解できず、子は親から受け入れて欲しいのに決して受け入れられない、という普遍的な親子間の問題。
親から受け入れると言葉をかけられても、態度からは容認されていないことが伝わってしまう、LGBTQのアイデンティティの問題。
夢はかなわず、現実を生きて数十年、もはややり直しの出来ない年齢となってから思う、あり得た別の人生、つまりは、中高年のアイデンティティの危機の問題。
複雑すぎる法律や煩雑すぎる経営事務についていけない、発達障害者、あるいは並行処理が苦手な人の生き辛さの問題。
言語の不理解自体が生きる障害となる、移民の問題。
パートナーと理解し合いたいと願うのに、コミュニケーションがすれ違う、夫婦の問題。
誰もが、どれかの問題は自分ごととして捉えられるだろう。
老若男女、どの層が見ても共感を覚える作りになっている。
これらの複合的な問題を語るツールとして、あり得た可能性の世界、マルチバースが使われているのが上手くできている。

共感という意味では、特に、ハリウッドで適切な扱いを受けて来なかったミシェル・ヨー、キー・ホイ・クワン、ジェイミー・リー・カーティスらのキャリアとも重なる迫真の演技は、アカデミー会員の多くを占める俳優や映画関係者にこそ、響いただろうことが想像できる。

私は、キー・ホイ・クワンが、劇中初めてカンフーアクションを披露するシーンで、不覚にも落涙してしまった。
事前知識として、キー・ホイ・クワンのカムバック作品という情報を知っていたことも大きいが、何より、優しさだけで役に立たなかった夫ウェイモンドが、キレッキレの達人カンフーアクションを披露するギャップとカタルシスに、完全にやられてしまったのである。

同じ文脈で、くたびれきったミシェル・ヨー演じるエヴリンが、ついにカンフーアクションを披露するシーンも大変感動的であった。
アラカンのミシェル・ヨーのアクションは、それだけで感動的だった。

男女の俳優賞に関しては、今作がマルチバースを扱うため、必然的に主要キャストが1人2役以上を演じる構造になっている、という点も、受賞ラッシュの追い風になったと思われる。
ミシェル・ヨーに至っては、何役演じたのか数え切れない。
ジェイミー・リー・カーティスの多次元の演じ分けも、シュールさ込みで最高だった。

物語は中盤から終盤にかけて、もはや哲学的な域にまで突入する。
すなわち、この人生に意味はあるのか。
意味がないとしても、あるべき人の態度とは何なのか。
こうした問いは、もはや頼るべき価値や神話が崩壊した現代において、誰もが抱き得る、普遍的なものだ。
今作は、マルチバースというSF設定を100%活用して、この問いに果敢に挑む。

今作には、作った人の頭の中が見てみたい変態的で強烈なシーンが膨大にある。
犬!!!表彰のトロフィー!!!小指!!!
ソーセージ!!!石!!!ベーグル!!!
アライグマ!!!
もともと監督・脚本のダニエルズは、デビュー作の前作スイスアーミーマンからして怪作系の人たちだが、その実力を遺憾なく発揮している。
改めて、よくぞこの作品を高く評価したものだ。
すでに、ナベの底は抜けている。

全体として、エンタメとして面白い上、非常に豊かな味わいのある映画体験で、大満足であった。
オスカーの評価を支持したい。

[テーマ考]
今作は、現代社会において、絶対的な生きる意味が失われてしまったこと、現代の親子関係が構造的にしがらみと苦悩を生み出すこと、そして、そんな現代で、どう人は生きるべきか、を描いた作品である。

今作がマルチバースを通して描く「現代の虚無」は、とても恐ろしい。
マルチバースはインターネットのメタファーとも捉えられるかもしれない。
この恐怖の中和のために、お下劣コメディ要素があったのかもしれない。

最終的に今作で示されるメッセージは、とても優しい。
分断と格差が蔓延る現代において、これしかない、という納得感のあるものだ。
メッセージを語るのが、キー・ホイ・クワン演じるウェイモンド、というのも、良い。

現実の無情さに照らして、今作の諸々の落とし所が楽観的にすぎる、とか、現実問題は解決していないのではないか、といった批判はあり得るかもしれない。
ただ、今作が、現実の問題を前提として、どのようなマインドセットを持つべきかを描いた作品と捉えると、これらの批判は当たらないとも思える。

[まとめ]
20年代を代表するであろう、SFカンフーアクション・ヒューマンドラマの怪作にして快作。

ミシェル・ヨーとキー・ホイ・クワンも去ることながら、ハロウィンやトゥルーライズで見知ったジェイミー・リー・カーティスが評価されたのが嬉しい。
今作では、振り切ったシュールなコメディ演技を魅せてくれる。
特にソーセージワールドの演技とか、最高オブ最高である。