とらキチ

ハッチング―孵化―のとらキチのネタバレレビュー・内容・結末

ハッチング―孵化―(2022年製作の映画)
4.6

このレビューはネタバレを含みます

グロテスク。
それはクリーチャーの見て呉れだけの話しではない。理想的で完璧な家族を演じてSNSにアップするあの一家の姿もそうだし、あまりに肥大化した母親の自己顕示欲、あれこそがグロテスクそのものであった。
母親を喜ばせようと、望み通りの娘になろうと必死に努力するティンヤ。だが実際にはなかなかそうはなれず、そんな自分を責め、笑顔の下に抑え込んできたネガティブな感情の集大成である卵が巨大化し、やがてそれが孵化してアッリとなる。不思議な事に、初めはグロテスクに見えたアッリも次第にそうは見えなくなってくる。それは見た目上の変化の演出もあるが、それよりもはるかにグロテスクな母親の存在があったから、と言った方がしっくり来るのではないか。ティンヤが母親の願望を叶えようとするようにアッリも母親であるティンヤの願望を叶えようとする。でもそれは“理想の娘”であるティンヤが決して口にしてはいけない黒い願望。暴走するアッリを通してティンヤは次第に自身の心の闇に飲み込まれていってしまう。
序盤、家に闖入して整然としていた部屋の調度品に象徴される家庭の調和を壊していくカラスがティンヤの邪な心を表していて、一方でガーデニングや家の壁紙の薔薇がティンヤのinnocentを象徴していると言えるのでは。こんな風に薔薇や花の鮮やかな色彩を見ていると「ミッドサマー」を思い出す。そしてグロテスクと言えば、家庭の破綻を既に達観しているかのような父親の姿も実にグロテスクだったし、器械体操、フィギュアスケートのような“figure”を競う競技を取り上げて、その有利さのために過酷な体重制限をして女性らしく成長するのを妨げてしまっているのではないかという競技上の闇の部分のグロテスクさも表しているように思えた。
とにかく、ティンヤを演じたシーリ・ソラリンナが素晴らしい!とても美しくて、それだけでも観ていられるし、一瞬のうちに表情を変えるなどお芝居も上手で、よくこんな人材をオーディションで発掘できたなぁ…と感心してしまう。
冒頭、ティンヤがストレッチをしている背中のショットから始まるのだが、その細い身体から浮き出た背骨を見て「なんか鶏ガラみたいだなぁ」と思ってしまった。でもラスト、アッリ(水鳥)からティンヤに生まれ変わっていく様子を見て、やっぱりその最初の感想は間違っていなくて、更に言えば、そこから再び冒頭のショットへと戻る円環構造となっているのではないかと思わずにはいられなかった。その“生まれ変わり”の姿、本当は“innocentな幼年期”の終焉と、母親の理想通りにはならない娘の新たな自我の誕生を示しているのだろうが、それでもきっと母親はこの娘を同じように愛するのだろう。なぜならお互いグロテスクなモノ同士で親和性が高いのだから。
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