なべ

燃えよドラゴンのなべのレビュー・感想・評価

燃えよドラゴン(1973年製作の映画)
5.0
 ぼくが映画ファンになったきっかけ。この作品が小5の少年をどれくらい魅了したかというと、納屋にあったクワの柄を切り落としヌンチャクをつくって大目玉を食らい、あまつさえ、それを学校に持っていって自慢してるうちにガラスを叩き割ってしまったほどといえばわかっていただけるだろうか。
 もはや正しいレビューなどできないくらい自分の一部なのだが、米クライテリオン盤のブルース・リーグレイテストヒッツ7枚組を手に入れたのでレビューしてみる。字幕はないけど問題なし。燃えよドラゴンのセリフは全部暗記してるから。
 間延びしたディレクターズカットではなく、劇場公開版(画質はイマイチだったけど)より。今回は思い入れが強い分、長いです。

 プロローグのシークエンスはロバート・クローズではなく武術監督であるブルース・リーの監修。原色の袈裟を着た老僧たちに囲まれての試合だ。相手はサモ・ハン・キンポー。ブルース・リーは黒組の代表らしい。ここで注目したいのはオープンフィンガーのグローブ。この時代にオープンフィンガーグローブ? 打撃だけじゃなく投げ技も固技もある今の総合格闘技の原型が見られるぞ! これぞ総合格闘技の父と呼ばれるブルース・リーの面目躍如。
 その後、武道家リーの哲学ともいえる "Don't thihk. Feeeel. (考えるな、感じろ)"の名シーン。ここでも語りたいことは山ほどあるが先があるので割愛。
 オープニングテーマ。おそらくロバート・クローズの目には、英国統治下の香港の様子が相当ショックだったのだろう。痛快カンフーアクション映画にしては、あまりアガらない映像。汚くて猥雑な香港の街のリアルをテーマ曲一本丸々使って描き出す。Wikiには書いてないけど、本作以前は主にドキュメンタリーを中心に撮っていた監督。こういうところで、"意識の高さ"が出ちゃうのな。白人特有の有色人種へのかわいそう目線がちょいウザい。
 でもラロ・シフリンのテーマ曲はかなりカッコいいのでここは聴くことに集中しよう。雑踏の中に入国したジム・ケリーやジョン・サクソンも映るので気に留めておいて。
 曲が終わると情報部のブレイスウェイトからのブリーフィング。3年に一度催される武術大会に出場してほしいと依頼される。というのは表向きで、実は要塞に潜入し、ハンの悪事の証拠を集めて欲しいというのが真意。
 リーはあまり乗り気ではなかったが、父親に妹(広東語吹替では姉)を死に至らしめた相手が要塞島にいると聞かされ、トーナメントへの出場が復讐の意味を持つことになる。バカ映画に見えて、こういうニュアンスの含ませ方がニクい。要塞島への移動中に主要な人物紹介がなされるのも抜かりない。
 島では出場者を歓迎する宴が催されるが、これがちょっと笑える。中央で無限相撲を取り続ける力士がいて、そのぐるりを軽業師が追いかけっこし、天井からは鳥籠がいくつもぶら下げられている。ホストが現れると静止とか、西洋人の考える東洋人の宴会ってこんなの? いちいち腹を立てたりはしないけど、こんなパーティーに招かれたら気色悪くてすぐ帰るわ。
 宴会後は各自自室にて夜の接待要員があてがわれるという至れり尽せりなおもてなし。我らがリー先生のところにも接待娘たちがやってくるが、「この中には好みの娘がいないから、宴会の時のあの娘を寄こして」と生々しいリクエスト。えー、そんなリー先生の性欲は見たくない!と思ったあなた、大丈夫!やってきた女性はブレイスウェイトのスパイだから安心して。
 メイ・リンから状況説明を受けたリーは早速島の秘密を探りに夜の闇に消える。
 同じく夜間の外出禁止を破っていたウィリアムスは丘を駆け上がるリーを目撃して「a human fly!」というんだけど、これって上手いこと言えてるの? 笑えるの? 人バエって全然ピンとこないんだけど。

 トーナメント2日目。外出禁止を破ったゲストにおかんむりのハン。ボロによる警備員への制裁発動。ボロを演じたヤン・スエはGメン'75にもゲスト出演してた香港ボディビルチャンピオン。顔つきが悪役っぽくて好き。ダァ!しか言わないけど強烈な印象を残す。年老いた今はげっそり痩せて善人を演じることが増えた。
 さて、トーナメント再開。いよいよリー先生の出番。対戦相手はなんと妹を手篭めにしようとしたあの宿敵オハラではないか。リーの表情が険しくなって静かなドキドキが止まらない。
 ハンは腹心の部下がさぞ華麗に決めてくれるだろうとご満悦だが、そうはいくか。
 打撃は一瞬。まさに電光石火。スピード、パワーがまるで違う。何度やってもリーの技が圧倒的過ぎて、とうとうオハラは凶器を持ち出す。怒りのキックが宿敵にとどめを刺す。復讐は果たしたものの得られるものは何もなく、ただ哀しみが広がるだけ。足下でオハラの死を感じながら見せるそんなリーの悲哀をスローで味わおう。ああ、泣きそう。劇場だとみんな息を飲んで静まり返るから。家で観てたら緊張に耐え切れず、「顔芸かよ!」って軽グチのひとつも叩きたくなる気持ち、わかるよ。
 いよいよきな臭くなってきたぞと、ローパーとウィリアムスは島を出る算段を始めるのだが、ハンの魔の手はウィリアムスに伸びていた。
 ハンに呼び出されたローパーは施設を案内される。アヘンを密造しているプラントを見せられ、この大会の真の目的がリクルーティングだったことがわかる。ハンからの熱烈なお誘いをのらりくらりと躱すローパーだったが、ウィリアムスが吊るされているのを見て顔が歪む。人種を越えた熱い友情を感じさせる苦悶の表情がいい。やっとジョン・サクソンの演技を見たって感じ。ローパーはいい加減そうに見えて案外モラリストなのかもしれん。
 一方その頃、リーの捜査はいよいよ核心に迫る。麻薬密造の証拠を掴んだリーは敵の通信システムを使ってブレイスウェイトに急報。鳴り響く警報のなか、リーの超絶バトルが繰り広げられる。
 もう強いつよい!何人かかって来ようがなぎ倒していく無双がなんとも心地よい。スピード感と技の多彩さ、スローを挟んでの緩急の付け方。バーフバリを観たときに真っ先に思い出したのが燃えよドラゴンだった。ここはまばたき禁止!後のアクション映画に多かれ少なかれ影響を与えた渾身のバトルを存分に堪能して欲しい。かっけー!とかすごっ!しか言葉が出てこないから。
 丸腰での潜入にも関わらず、倒した敵の武器を使いまわし戦闘レベルがパワーアップしていく様子はゲーム的快感をも秘めている。長棒、バストン(短棒)、ヌンチャクと武器をアップデートしていくのも感動的。ヌンチャクパフォーマンスでバトルが最高潮に達したとき、不意に訪れる足止め。ここで止めたのがさすが。リー先生は人が飽きるタイミングもよくわかってる。
 リーが通報したにも関わらず、軍隊は未だ来ない。なぜならブレイスウェイトが寝てたから。えーーーーー!何それ!そんなことある?もうだめじゃん。いくらリーが強くても1人じゃ無理じゃん。終わりじゃん。最低かよ!
 落ち着いて!メイ・リンが機転を利かせてるから。地下に監禁されてる囚人たちを解放してるから。何よりリーの殺害を命じられたローパーがこの状況でリーに付くという絶望的ながら熱い選択をしてみせるから。やっぱりローパーはモラリスト。
 凶悪なボロはローパーに金玉を砕かれて絶命。ハンの怒りはMAX。部下に2人の抹殺を指示する。ここで見逃してならないのは、ハンが大勢いる部下たちの名前を一人ひとり呼んでいるところ。悪の頭領だが、下っ端の名前をきちんと覚えてるなんて、なかなかいい上司じゃないか。さすがこれだけの組織を束ねているだけのことはあるね。悪に走りはしたが、案外人格者なのかも。
 さて、四面楚歌の2人に襲いかかる無数の雑魚。やってもやってもキリがない。とそこへメイ・リンの放った囚人たちが乱入。黒白入り乱れての大団円が壮観だ。
 逃げるハン、追うリー。鉄の爪を装着したハンは鏡の部屋へ。罠だよリー!行くの?敵の罠に飛び込むの?
 ここから先は自分の目で確かめて。ビジュアルに気を配った幻想的なラストファイトをご賞味あれ。

 ブルース・リーはプレミア上映での盛り上がりを見て成功を確信するんだけど、公開を待たずに急逝してしまう。自分がレジェンドになったことを彼は知らないんだよ。それを思うと観た後の余韻がちょっと切なくて。痛快なのに切ない。ここも燃えよドラゴンが特別な所以でもある。
 燃えよドラゴンを見て以来、なべ少年は歩き方もリーみたく猫背のガニ股になっちゃうんだけど、元に戻すのに何年もかかったことは記しておきたい。
 残念ながら、ブルース・リー 4Kリマスター復活祭には本作が含まれなかったけど、公開50周年時にはきっと8Kレストア版が公開されるだろう。されるに違いない。お願いだからして! その時までしっかり生き延びなきゃ。
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