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線は、僕を描くのHrtのレビュー・感想・評価

線は、僕を描く(2022年製作の映画)
4.1
「線を引く」という行為から映画の主題を定義する小泉監督の眼差しにやられてしまった。
あらかじめ観客に明示するように湖峰が迷える霜介に「なるんじゃなくて、変わっていくもの」という言葉をかける。
これは人生が「点」ではなく「線」でなされるという意味合いである。
テーマがシンプルなだけに読み解きもしやすい。そしてその舞台が水墨画壇という様式的にも伝統的にも日本の美意識に基づくところ。これは百人一首を扱った同じく小泉監督の『ちはやふる』3部作とかなり深く通じている。
『ちはやふる』ではスポーツ的なカタルシスが大きく作用した青春映画だったがこの『線は、僕を描く』で対峙するのは真っ白な画仙紙。これは演出面で難しい問いだったように感じた。
勝敗はつかず観客は水墨画への造詣が無い人がほとんどだと思うからだ。
だがそんなことを思う序盤で千瑛が水墨画の技法を霜介に教えるシーンが入る。
筆の中に墨と水の濃淡を作り出すというその技法は映画を観ていく上でかなり重要な意味を持つ。
すなわち「突然なるのではなく、徐々に変わっていく」という主題が技法をもってしても語られる。
これらを前半に差し込むことで水墨画への造詣が無い人でもこの映画に入り込める親切な設計になっている。
真っ白な紙に向き合いひたすら線を描き続ける行為は自分の人生を模索し続けることと同義だ。初めは霜介が湖山の描いた絵の模写から始まり、それから自分の線を引き始めるというのもそれを示している。
結果よりも行程のシーンが連続するのは、そうした変化そのものを捉えたいからということだろう。
事実としてラストも苦悩した結果としてのカタルシスは特に用意されていなかった。
霜介や千瑛が自らの過去や未来に向き合うことこそが本作の主題だったからだ。
横浜流星や清原果耶を始めとするキャスティングは素晴らしく、大仰な演出は皆無に近いながらも静寂と音は彼らのアクションを的確に照らしていた。
これも『ちはやふる』でスポーツ青春映画を3作も演出した小泉監督の手腕によるところが大きい。
師匠である湖山が霜介の手に差し出したハンカチの色にまで行き届いていたことを観終わった後に思い出してまた感動してしまった。
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