開明獣

ロストケアの開明獣のレビュー・感想・評価

ロストケア(2023年製作の映画)
5.0
人間は不完全な生き物だ。当たり前の話である。我々が完全な生き物だったら、戦争なんかない平和な暮らしをしているはずだ。そんな不完全な生き物が作ったシステム、法律が完全であるはずがないのは自明の理だ。

だが、法は私たちが不完全だからこそ、精一杯叡智を結集して作り上げた社会の中のガイドラインだ。そこから逸脱すれば、罰せられる。それは私たちが作り出した決め事で、実は正しいとか間違っているとかは、関係ないことだ。

この理不尽で不条理な世界では、正しいとか間違ってるとか、デジタルに割り切れることは殆どない。事実はただ一つでも、真実は観る人によって変わってくるものだから。

聖書を宗教書としてではなく、箴言の書として読み、カントやヘーゲルなど古典的ドイツ哲学の書を読む犯人の斯波。カントは定言命法という道徳律の中で、良き意志を持ったものが無条件で行うべき行為を提言した。斯波は、それに則った形で法よりも自らの意志と選択に従って自身の正義を実行する。

大友検事は法の番人として斯波を追求する。それ以上でも、それ以下でもない。それを逸脱すれば、社会は崩壊する。社会システム的には二人の間に架かる橋はない。だが、理解という状況は存在する。しかし、いかな理解というものがあったとしても、システムの中にいる人間は、その中で足掻くしかない。不完全なのだから穴はある。私達の行末を決めるのは運でしかない。

救いはいくら主体側が救ったと思っても、客体がそれを受容しなければ救いにはならない。一方、いくら救って欲しいと思っても、救いを求めることが許されないこともある。

システムを変えても、新たな穴は出来る。私達が人間である以上、常にシステムの不備はつきまとう。本作では、人間社会の暗い側面をただならぬ面持ちでつきつけられて、ひたすら戸惑うばかりだ。哀しき存在としての人間を受け入れるのか、抗うのか、答えはどこにもない。

私はなんら結論を持たぬ愚かな鑑賞者として、ただ黙して坐するしかない。
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