幽斎

トリとロキタの幽斎のレビュー・感想・評価

トリとロキタ(2022年製作の映画)
4.6
【幽斎的2023ベストムービー、ミニシアター部門第10位】
「サンドラの週末」Dardenne Bros.が、アフリカから地中海を渡りベルギーで暮らす難民の理不尽を告発するソーシャル・スリラー。京都のミニシアター、京都シネマで鑑賞。

カンヌ映画祭パルムドールを競い(受賞はレビュー済「逆転のトライアングル」)、75周年特別賞。ベルギーの名匠Jean-Pierre DardenneとLuc兄弟監督は、前作「その手に触れるまで」「息子のまなざし」「ロゼッタ」秀逸なセンテンスで観客の魂を揺さ振り続けた。本作は「ザ・ダルデンヌ映画」呼べる集大成。もし「私の趣味は映画」と言う方で、監督の作品を一度も観た事無い方は、批判は後からで良い、先ずは一見アレ。

演技経験の無い2人を主役に抜擢。アフリカの別々の国から出国、EUに辿り着いたタイトルロールToriとLokitaは、旅の途中で知り合ったと思われる、ソレが本物の姉弟の様な感情と愛情を育み、助け合い生きる。秀逸なのは監督は彼らのバックグラウンドを意図的に語ろうとしない。なぜ偽の姉弟を名乗る事に為ったのか?、肝心なシチュエーションを伏せる事で、観客も同じ境遇に置かれる「錯覚」を味わう。配信を意識した説明過多のアメリカ映画とは語り口の途上から既に一線を画してる。

いきさつを遮断する事で、頼るべき大人は一人も居ない。異国で力を合わせ懸命に生きる、ピュアなリグレットにフォーカスする。現実と照らし合わせ、Lokitaは暮らす為には自己犠牲も厭わない。Toriも生きる為に幼いながら知恵を絞り、Lokitaを助ける姿は双方が現実に懸命に向き合う、愛情に包まれた姿勢は、彼らの澄んだ瞳が全てを物語る。Visaが無いと公に働けない現実が壁と為り、Toriだけ認められLokitaには査証が認められない。故郷へ送金する目的で来た為に、次第に違法な仕事にも手を染めざる負えない。

秀逸なのは令和の世でも「奴隷制度」存在する事を可視化。弱い立場に付け込み密航を斡旋する者や麻薬取引と言った違法行為に、姉弟に断る選択が与えられない。幼い彼らの視点を通し、人気の無い場所に閉じ込められる、車に幽閉される等、彼らの苦悩を赤裸々に見せる事で、劣悪な環境を安全圏で見てる私達にも鋭いナイフを突き付ける。だが、彼女にはToriが居る、雁字搦めのLokitaを救おうと、手を差し伸べる姿に、満たされてるけど幸福度が低いと感じる私達に様々なモノを投げ掛ける。クライマックスは待ち受け画面だろうが、怒りに震える監督の「慟哭」ラストで茫然と打ち拉がれる。

根底に有るのは現実のベルギー政府の難民政策。対岸のイタリアは特に顕著で政権交代まで起きたが、押し寄せる難民はドイツ、フランス、オランダも例外では無い。ベルギーはソノ3ヵ国に囲まれる訳で、亡命者への保護を拒否する法案が公開後の2023年施行、国民も一定の理解を示してる。他のEU諸国から違法と糾弾されても、治安の悪化や税金の負担増、「外国人を守る前に国民を守れ!」別な角度から見れば「正論」。アメリカでは「Asylum Seeker」と言いますが母国に居られない難民、日本はG7で最も難民申請が厳しい。もし、難民の受け入れに寛容なら?性善説に基づく今の日本式の暮らしは一変する。

Dardenne Bros.の作家性は分かり易い「道徳」。しかし、本作は共通する「Dilemma」を飛び越え主人公は一方的に弱者、俯瞰を忘れ同情的ですら有る。日本国憲法第11条「基本的人権の尊重」本作の世界観では担保されず私達も大いに戸惑う。劇場で観て、ふと思ったのは監督の長編デビュー「イゴールの約束」と本作は延長線上の関係で「倫理観」と言う不変は更に研ぎ澄まされた。苦言を呈すなら、難民の描き方に深みが足りず、主人公2人の「ピュア」に頼る作劇は、監督とて移民に消極的なベルギー人と失望した。難民のキャラクターこそ千差万別。ソコを描き切ればパルムドールを勝ち得ただろう。

貴方は見て見ぬ振りをして通り過ぎる人なのか?、私にはあの歌が頭から離れられない
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