じぇれ

クライムズ・オブ・ザ・フューチャーのじぇれのレビュー・感想・評価

4.8
【クロネン爺、惑う】

腹に刻まれた縦の手術痕。それは『ビデオドローム』にて“New Flesh”(「新しい肉体」、日本語字幕版では「新人類」)と表現した人類進化を彷彿とさせる。しかし、本作では更に横にかっさばく!この意味するところは2つ。

①かつて若き日の自分が拡張した《普通》の領域を断絶させる意思。すなわち過去の自分へのNo!
(新たにできた臓器を切除すると、一時的ではあるものの旧来の《普通》の肉体に戻っている)
②傷痕は十字架にも見え、後悔の意すら感じさせる。

そう、本作は本質的には原点回帰なんかではない!傷つきながら己の心の闇を作品でさらけ出すことで懸命に自己肯定をしてきたクローネンバーグは、現代人を見て愕然としている。痛みすら感じぬまま欲望や好奇心に従属して生きているくせに、クローネンバーグを《異常》と定義することで自分は《普通》だと安心しきっている我々を見て.....。

つまり、今年80歳になったクローネンバーグは盟友ヴィゴに自分を投影し、誰かを怪物扱いして生きる我々への戸惑いを表明しているのだ。そして、そんな世の中にしてしまった責任を感じてもいる。それが腹に刻まれた十字架である。

しかし、遂にクローネンバーグも我々に説教をかますのかと身構えた矢先に事態は急変する。過去作でも用いたある展開によって、彼は再び思考を自分へと向ける。一見《普通》の皮を被った人々との禅問答の末に、クロネン爺が出した結論とは? 選んだ未来とは?

クローネンバーグによる思索の旅の終着点を目撃し、私の目から大量の涙が溢れ出た。まったくアンタって人は......。

『ザ・フライ』と出逢って35年。作品では常に自分の迷いをさらけ出し続けたクローネンバーグは、私のメンターだった。先輩、私も弱さをさらけ出して生きていきます。今までありがとうございました!そして、これからもよろしくお願いします!
じぇれ

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