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ザ・メニューのyumeayuのレビュー・感想・評価

ザ・メニュー(2022年製作の映画)
4.0
『ただ食べないでください。味わうのです』

SNSが発達した現在は、誰もが評論家になりうる社会だ。知識の有無に関わらず、好き勝手に批評して分かった気になっている。
今作は一見すると一風変わったシチュエーション・ホラーのようだが、実はそんな言いたい放題な世の中に対する強烈な風刺を込めたシニカルなブラックコメディだったとも言える。

皮肉にも、こんなふうに映画評論家でもない自分が偉そうにレビューを書いていることも、今作を見た後では恥ずかしさを覚える。
映画監督にしてみれば「何もわからないくせに知ったようなことを書いている」と思われるのかもしれない。

料理人にせよ、映画監督にせよ、手がける料理や作品には自分のプライドや職人・芸術家としての信念みたいなものが詰まっている。

だけど、悲しいかな、必ずしもそれがお客に伝わるとは限らない。
シェフのスローヴィクがいくら食材を吟味し、手の込んだ料理を作り、細かく説明しても、お客は上っ面だけを楽しんで全てを理解した気になっている。
今作では、本当はよくわからないにも関わらずありがたがっているお客に対する皮肉も描いている。

確かに作り手の苦労も知らず、好き勝手に評論家ぶられたら、いい気分ではないだろう。
スローヴィクの行動自体は理解できないものの、心の奥にある気持ちは理解できなくもない。普段から表現することを生業にしている人たちは、共感できるのではないか。

しかし、作り手の意図しているものが必ずしも消費者のニーズにあったものとは限らない。
見方を変えれば、作り手の独りよがりとも言える。マーゴのように「自分が食べたいものを食べる」「美味しいと思ったものが美味しい」という気持ちも真理だ。

今作では作り手とお客の分かり合えないジレンマみたいなものも描かれていたが、どうしてもこれはダメだなと思ったシーンがひとつある。
それは劇中、タイラーがスローヴィクから受けたある仕打ち。

確かにタイラーという男は素人にも関わらず美食家ぶっていて、いけ好かない奴だ。
スローヴィクが彼の知ったかぶった態度が気に入らないのもわかるし、反論するのは大いに結構。
ただ、彼が料理の本質がわからないからといって「偉そうに言うなら、お前がやってみろよ」というのはダメ。そういう気持ちも理解できるけど、プロが素人相手にこれをやったらお終い。このシーンだけが唯一、しっくりこなかった。

しかし、物語の結末はめちゃくちゃよかった。
招かざる客であるマーゴの機転を効かせた一手が秀逸だった。あの瞬間、どこか救われたようなスローヴィクの表情が印象的であった。

とりあえず、観客のほとんどが見終わったあと、あるものが食べたくなるのは間違いない。

確かに、今作に登場するどんな高級料理よりもアレが一番美味しそうだったしね。
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