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SHE SAID/シー・セッド その名を暴けのwhiskeyのレビュー・感想・評価

3.8
劇場で鑑賞して、直後に原作本を購入、読了した。
ちょっと長めに書きます。
(性的な描写を含みます)

本作はニューヨークタイムズの女性記者2人が、ハリウッドの大物プロデューサー、ハーヴェイ・ワインスタインの性暴力問題を告発していくプロセスを描いている。

「これは本当に、女性が自分の出世のためにセクシャルな関係を利用した、ということではないのですね?」
原作本で、映画会社ミラマックスの男性役員が記者にこう問いかける場面が出てくる。この事件をそういうイメージで捉えている人も少なくないだろう。

しかし実態はどうやら全然違う。もっと酷いし、かなり複雑だ。被害女性の取材によれば、打ち合わせと称して女性をホテルのスイートルームに招き、ワインスタインがバスローブ姿で迎え入れる。そして、君と仲良くなりたいからマッサージしてくれ(あるいは、自慰行為を見てくれ)と頼むというのが彼の常套手段だったらしい。そうした中で、明らかな性暴力を行ったケースが記者たちの調査で明らかになり、のちに刑事告発されることになる。

ただ、多額のカネを積んで和解にもちこみ、その代わり一切他言しないよう誓約書を書かせているケースが多かったため、事件がなかなか発覚しなかった。「できるだけ多額のお金を受け取るほうが被害女性のためになる」と考える弁護士もいるのだが、それでは事件が発覚せず、加害者の再犯を抑止できない。映画は、こうした構造的な問題を記者たちが暴いていく話が中心になっている。

このほか、ワインスタインとの性的関係を断ったために会社を辞めさせられた女性社員もいるし、(生々しい話だが)いわゆる勃起力を高めるために男性器に直接注射する薬というのがあるらしく、ワインスタインのためにその注射器を部屋に用意するという気持ち悪い仕事を社業としてやらされていた女性社員もいる。

あと、ワインスタインは若い女優に性的関係を強要するため、「君はグウィネス・パルトロウのようになりたくないのか?」というセリフをよく使ったらしい。彼女は実際には、ワインスタインとの関係を受け入れていない。しかし自分の名をそういう道具に使われたことで深く傷ついている。「あの男と寝たからこんな豪邸に住めるのでしょう?」と、女性たちに思われるのは辛いだろう。原作では、新聞報道にも告訴にも至らないこうした不愉快な話題も詳しく書かれていた。

原作本も映画も、性差別やセクハラ全般を糾弾する話ではなく、あくまでワインスタインの性暴力とその組織的隠蔽を暴く作品で、男性全般をネガティブに表現したりはしていない。映画では、主人公の記者2人の男性上司も頼りになる存在として描かれているし、2人の夫も優しい理解者として描写されている。

記者たちはどちらも小さな子どもがいて、しかもキャリーマリガンが演じたミーガン・トゥーイー記者は、事件の調査中に妊娠出産を経験している。映画ではその辺りのエピソードも描かれていて、女性として生きることの苦悩ばかりを殊更強調したいわけではなく、愛する男性との幸せなセックスがあることも、ちゃんと描写しようとしているのかなと思った。その意味でも冷静というか、バランス感の良い作品だという気がする。

ワインスタインのやってることはさすがに特殊すぎて、多くの人々に参考になる話なのかはわからない。
彼ほどの大富豪が性的嗜好を満足させるだけなら、高級コールガールを雇う方法もあるだろうに、そうせず女優や女性社員に片っ端から性的暴力や嫌がらせを繰り返し、拒否されたらパワハラし、訴えられそうになったらカネを積んで和解している。自分を告発する記事を防ぐため、国家的諜報活動の専門家を登用したり、スパイを雇って人権活動家のふりをさせて記者たちに接近させていたらしい。告発がすべて真実ならばかなり異常だ。性欲というより、無理に性的な要求を呑ませることで女性を支配したい欲望、という気もする。

和解金をミラマックスから出させていたので、企業価値を毀損する行為であり、その観点から告発に協力する男性もいる。企業価値を守るのが目的で、女性に優しくてフェミニズム的な思想を持っているわけではない。他方でワインスタイン側につく女性弁護士もいる。この辺りも、リアリティがあるなと思った。(繰り返しになるが、フェミニズム的というよりあくまでジャーナリズム的な作品)

教訓としては、当たり前だが、やはりこういうニュースをしっかり調べて正しく理解しないといけないと思った。ワインスタインと同じことをする男性はそれほど多くはないだろうが、事情を理解せず「女性だって得しているはず」といったイメージを持つのは良くない。ほんと当たり前だ。倫理的に良くないというだけでなく、真実の告発を妨げる、躊躇させることにもなる。

まだまだ書きたいことはあるが、Filmarksの原稿量としてはそろそろ限界かな。今日はこれぐらいで。

キャリーマリガンもゾーイカザンも格好良かった。マリガンはジョディーフォスターに寄せてるのかなと思ったが、実在の記者を意識しているのかも。リンゴをかじりながら社内を歩くシーンを褒めてる人が多いね。僕はゾーイカザンが、遠方取材のためのデカいカートを引きずりながら歩くシーンが微妙に好きだった。


追記1
MeToo運動のことを自分があまりわかってなかったことに気づいた。例えば、住んでいるアパートのオーナー男性から肉体関係を迫られ、断ったら家賃をどんどん引き上げられて、やむなく出ていくことになった、というシングルマザー女性がいて、今回の告発を機に新聞社に相談の手紙を送ってきたらしい。直接的な性被害は逃れたが、それ以外の被害は深刻で、誰に相談したらいいかわからない、という女性が世の中にはたくさんいるらしい。この運動自体の評価は色々だろうが、少なくとも、自分も誰かに相談してもいいのかも、と思える人が増えるのはいいことだろう。

追記2
「スポットライト」という映画のことを思い出しながら見ていた。こちらは教会の性的虐待隠蔽問題を告発した作品。
「彼はまだいい方だ。何故なら今も生きているから」という弁護士の台詞が印象に残っている。教会で神父から性的被害を受けた男性は多数いたらしい。しかし、今回のMeToo運動に参加した男性は少ないのではないか。レイプ被害は女性だけのものだと男は思いがちだが、そうではない。この辺りは考え尽くせてないのでもう少し考えたい。
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