ギルド

美と殺戮のすべてのギルドのレビュー・感想・評価

美と殺戮のすべて(2022年製作の映画)
4.3
【無慈悲な必然性に対峙した”権力”への抗戦黙示録】
■あらすじ
1970年代から80年代のドラッグカルチャー、ゲイサブカルチャー、ポストパンク/ニューウェーブシーン…… 当時過激とも言われた題材を撮影、その才能を高く評価され一躍時代の寵児となった写真家ナン・ゴールディン。

2018年3月10日のその日、彼女は多くの仲間たちと共にニューヨークのメトロポリタン美術館を訪れていた。
自身の作品の展示が行われるからでも、同館の展示作品を鑑賞しにやってきたわけでもない。目的の場所は「サックラー・ウィング」。製薬会社を営む大富豪が多額の寄付をしたことでその名を冠された展示スペースだ。到着した彼女たちは、ほどなくして「オキシコンチン」という鎮痛剤のラベルが貼られた薬品の容器を一斉に放り始めた。「サックラー家は人殺しの一族だ!」と口々に声を上げながら……。

「オキシコンチン」それは「オピオイド鎮痛薬」の一種であり、全米で50万人以上が死亡する原因になったとされる<合法的な麻薬>だ。果たして彼女はなぜ、巨大な資本を相手に声を上げ戦うことを決意したのか。 大切な人たちとの出会いと別れ、アーティストである前に一人の人間としてゴールディンが歩んできた道のりが今明かされる。

■みどころ
ナン・ゴールディンのオピオイド危機に携わる運動・経緯をドキュメントしたお話。

彼女の家族に関する壮絶な出来事、彼女の人生の中でデイヴィッド・アームストロングの出会いによって写真撮影に”個性”、”表現”、”声”を宿れるのを知った事、ベルリンにてオキシコンチンによる中毒症状で苦しんだ事、ニューヨークでゲイサブカルチャー・ポストパンク・ニューウェーブシーン・ドラッグサブカルチャーの撮影を精力的に行い「性的依存のバラード(The Ballad of Sexual Dependency)」を完成させた話など…
ナン・ゴールディンのフォトグラフィーを彼女の生い立ち・その中で得た哲学・気付きを赤裸々に明かしていく。

そのエピソードはどれも凄くて、特に亡くなった姉のエピソードで姉はジョセフ・コンラッド『闇の奥』の「人生とはおかしなもので、無益な目的、無慈悲な必然性に基づいている。自分のことを深く知り得たとしても大抵は手遅れで、悔やみきれない後悔が残るだけだ」
という文言を大切にしていた。
本作を一貫して観るとナン・ゴールディン氏は「無慈悲な必然性」という真実が彼女の人生の中で”母親の否定による隠匿と無意識な支配”と重ね合わせられていること、そこに対して彼女は写真を撮る形で声を発する”権力”への抗戦黙示録とも取れる。
その立ち向かう姿、彼女の人生の中でポートレートへの"拡大家族"という光を当てる優しさが凄く良かったです。

姉が影響を受けたジョセフ・コンラッド『闇の奥』の「無慈悲な必然性」を知りながらも死に追いやる広義の権力(不器用で不安定な親、サックラー家の影響、政治的な怠慢)に対して"発する姿勢"を崩さない強靭さこそが本作の凄みであると思う。

そして冒頭でナン・ゴールディン氏が語る「物語と実際の記憶は異なる。記憶には物語にはない汚さを内包している。」に対して彼女の”拡大家族”という相互理解の目線で物語を紡ごうとする優しさが滲んでいてグッときました。
ギルド

ギルド