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オッペンハイマーのギルドのレビュー・感想・評価

オッペンハイマー(2023年製作の映画)
4.5
【時制で明かされる科学者の論理、アメリカの戦争的論理との相克】
■あらすじ
第二次世界大戦下、 アメリカで立ち上げられた極秘プロジェクト「マンハッタン計画」。
これに参加した J・ロバート・オッペンハイマーは優秀な科学者たちを率いて 世界で初となる原子爆弾の開発に成功する。

しかし原爆が実戦で投下されると、 その惨状を聞いたオッペンハイマーは深く苦悩するようになる。
冷戦、赤狩り―激動の時代の波に、 オッペンハイマーはのまれてゆくのだった―。

世界の運命を握ったオッペンハイマーの栄光と没落、その生涯とは。 今を生きる私たちに、物語は問いかける。

■みどころ
原爆の父と言われたJ・ロバート・オッペンハイマー氏の自伝作品。
主にロバート・オッペンハイマー(カラー)、クロード・レヴィ=ストロース(モノクロ)の目線で公聴会、及びその前後の出来事をランダムな時制で映しながら原子爆弾が投下されるマンハッタン計画、及びトリニティ実験への経緯をも映していく。

前作「TENET テネット」では時間の順行⇔逆行が入り乱れたタイムトラベル的な映画で、絵面としては興味深いもののあまりにも難解故に苦手で面倒くさい作品だなーというのが拭えなかった。
それと比べると本作は”時間の映画”であるクリストファー・ノーランらしい作品であると同時に、その当時のオッペンハイマーの心境やオッペンハイマーが置かれた優勢・劣勢というのを映画の時間で現出していて没入感の高い面白い作品でした。

会話劇中心の映画だとカンヌ国際映画祭でパルムドールを受賞した「落下の解剖学」を思い出す人は多いかもしれない。
だが会話劇で後出しじゃんけんで徐々に家庭環境の悪さを露呈したり論点ずらしをする検事で場がめちゃくちゃになる「落下の解剖学」と違って、オッペンハイマーはそういった要素は多少あれども原爆を生んだことへの心境、利用されたことへの勝者のゲームに利用された事の状況を会話劇とは別のアプローチ”時制の法則”で現出していて、そういった所が良かったです。

本作はノーラン作品の作劇(バッドマンシリーズの”恐怖”への対峙、インターステラーの”物理学”の再現×エモーショナル、テネット・メメント・ダンケルクなどの時制変化)を組合せた
・天才の劣等感の脱却
・知的好奇心の追求世界を変えた代償への悔恨
…を描き、贖罪を試みるも歴史と策士によって不当に扱われるやるせなさを描いた思想と政治の映画だった。
ノーラン特有の台詞の臭さ、時系列のシャッフルが顕在なのだが特にオッペンハイマー、ストロースに関わる時系列シャッフルの部分が前半と後半と終盤で意図的に変えた所は印象深かった。
映画はオッペンハイマー氏の公聴会から始まるが、オッペンハイマー氏の目線とストロース氏の目線が不規則に展開されていく。
やがて、オットー・ハーンらの原子核分裂のニュースを皮切りにマンハッタン計画に参加するオッペンハイマーは様々な科学者とタッグし、原子爆弾の開発・実用可能か確認するトリニティ実験の行方までも映す。
ここまでのくだりには前半にあったオッペンハイマー氏とストロース氏の目線交錯も時制シャッフリングが抑えられ、映画全体でオッペンハイマー側の論理
…科学者側の論理を的確に映す整備側に変遷している。

ところが、トリニティ実験が成功し、広島・長崎に実際に原子爆弾が投下されてからは再び公聴会・赤狩りに纏わる時制シャッフリングが再び旋風していく。
それだけでなくストロース氏の嫉妬・社会的な正義に基づく策略によるオッペンハイマー氏を下す”勝者のゲーム”が展開されるような目線の偏りが現出する。
ここにストロース側の論理
…アメリカ側の論理を的確に映す整備側に変遷している。

クリストファー・ノーラン作品は”時間”に関わる作劇が印象的である。
本作ではオッペンハイマー氏の自伝要素・思想の変化を冷静に映していながらも、オッペンハイマー氏の思想・政治的しがらみに苦しむ姿、第三者から見える策略を叶えられない疎ましさをどう解消するか?な汚さも見えてそれが罪深い作品だと思う。

それと同時にオッペンハイマー氏の出来事を冷静に見て、その時々に受けた感情・脳内のフラッシュバックをエモーショナルに描いているのも興味深くて、トリニティ実験で爆縮型プルトニウム原子爆弾を爆発させた時のオッペンハイマー氏の表情に
・理論が現実になる安堵
・学生時代に実験物理学で受けた劣等感からの解放
・自分自身がプロメテウス、イカロスになり得る瞬間…というのを音の設計や表情から現出してて好きです。

日本人として、この映画を観た時に率直に思ったのは原子爆弾を投下する背景には科学者側の知的探求・コンプレックスの脱却、その科学者に対する疎ましさ・嫉妬への政治が詰まった作品に感じた。
この感覚はYouTubeにある『【豊島晋作のテレ東ワールドポリティクス】「ロシアの論理」で読み解くウクライナ危機』に近いものを感じる。
ウクライナ危機でロシアを糾弾・非難していくが、ロシア帝国時代~旧ソ連~ロシア連邦までの歴史にある”恐怖”が根底に潜んでいる…的な内容である。

政治的策略で『流言は智者に止まる』を悟った重厚な一作でした。
・史実そのもの
・当時の歴史での探求心・嫉妬による力学が徐々に変わる様を映画の時制で明示したこと
が興味深かったです。

そんな本作は過去と現在をシャッフリングする中でオッペンハイマー氏の思想から未来への危機を予見し、観る側へ危機を共有して文字通り没入していく力強さは紛う方なき傑作と言わしめる映画だと感じました。
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