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バルド、偽りの記録と一握りの真実のGreenTのレビュー・感想・評価

3.0
メキシコ移民の憂いが分かって興味深かったです。

シルヴェリオ・ガマはメキシコのドキュメンタリー映画監督で、妻のルシア、息子のロレンツィオとロサンゼルスに住んでいる。とあるアメリカのジャーナリスト・アワードに、ラテン・アメリカのジャーナリストとしては初受賞をするということになり、メキシコに凱旋帰国することになる。

この映画は、アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督の自伝的な映画で、シュールな表現も多いので「自己満映画」との批判も多いようなのですが、私は興味深かったです。

なんでかって言うと、主人公の悩みがメキシコ人特有だなあ、と思ったから。ラテン・アメリカのジャーナリストとして権威ある賞を初受賞!なのに、あんまり嬉しくない。多分メキシコーUS間の関係がギスギスしているから、それを緩和するために選ばれたんだ、って思ったりとか。

そんで、メキシコーUS間のギスギスってのが、移民問題と、メキシコのドラッグ・カルテル問題で、ドキュメンタリー監督であるシルヴェリオは自分の映画でこの2点を取り上げている。

両方とも私は興味がある題材だったので、メキシコ人の目線はすごく興味深かった。

私はアメリカに住んで自分も移民なんだけど、ちゃんと手続きを踏んで来たので、不法移民はなあとか思ってたんだけど、シルヴェリオのドキュメンタリーで描かれるメキシコ移民は、「作物も育たない。みんな飢えている。殺人は日常で、子供たちも殺されたから、もうアメリカに行くことにした」みたいな切羽詰まった状態。

衝撃だった。状況が悪いのは想像できたけど、そんななんだって。確かに思ったんだよね、あのメキシコのカルテルがすごい残虐だって話は聞いていたので、そんな警察でさえビビるような人達が支配している国でまともな生活できるのかなあ?って。

で、このカルテルのメンバーのインタビューも、シルヴェリオの映画に出てくるけど、本当に血も涙もない人たち。貧しいから死に物狂いで生活しているから。で、シルヴェリオ本人は、多分いい家庭の出なんだろうね、こんな国でそれなりの育ち方をして、ジャーナリストになって今はアメリカに住んでいるってことは。このカルテル・メンバーに「お前らインテリはよお」って言われているシーンがあった。

故郷の親戚とかにもそんなに思い入れがないっていうのもなんか共感する。

そういう自分に罪悪感を感じているところも。

で、Baja California をアマゾンが買い取ろうとしているって話は知らなかった。シルヴェリオの家族はここでヴァケーションするんだけど、メキシコ人でもヨーロッパ系に見えない人は「使用人は入れません」と断られる。

そう言われてみると、シルヴェリオはヨーロッパ系だからメキシコでは恵まれている方なんだろう。だけど、アメリカに帰ってくると、入国審査で「ここはお前の家ではない」とか言われる。入国審査官は、メキシコ系に見える男性なんだけど、シルヴェリオがO1-ビザを持っているからアメリカ人ではない、って言われるんだけど、彼はもう15年もアメリカに住んでいる。

このアウェイ感!

O1-ビザってなんだ?って調べたら、「科学、芸術、教育、ビジネス、またはスポーツの分野で卓越した能力を有する者に発給されるビザ」で、「どんな場合でも3年間を超えることはない。最初の滞在期間が満了した場合、1年単位での滞在延長の申請が可能。申請はアメリカの雇用者(またはエージェント)が行う」

ということは、監督として優れていなかったら、ビザもらえなくなるの?そのプレッシャー凄すぎない?そりゃアウェイに感じるわな。

アメリカで育ったシルヴェリオの娘カミラは、成人してボストンに住み、いい仕事に就いてアメリカ人のボーイフレンドもいる。だけど、カミラはメキシコに帰ろうと思っているとシルヴェリオに告げる。

シルヴェリオは、混乱したメキシコに帰るカミラの気持ちがわからない。「でも私の友達もメキシコに住んでいるけど、無事に暮らしているよ」とカミラは言うが、シルヴェリオは「それは彼らはゲーテッドコミュニティに住んで、移動は全部車だから。アメリカで街を歩き回ったり、電車に乗ったりする自由を失ってもいいのか?」って言う。

ゲーテッドコミュニティって、門を設け周囲を塀で囲むなどして、住民以外の敷地内への出入りを制限することで防犯対策をした、金持ちが住むところなんだよね。メキシコって格差がひどいんだろうな。なんかアメリカの未来を映し出しているような・・・。

いずれにしろ、この若い世代はちょっと考え方変わってきているよね。敢えてメキシコに帰る・・・。それだけアメリカの魅力も無くなってきたというか、メッキがはがれてきたんだろう。

でも私この娘結構好きだな。

あ、あと、アメリカの大使に会うシーン?で、アメリカ大使が「米墨戦争終結175周年記念を祝う」って表現をしたとき、シルヴェリオが「祝う?」って言うと大使が「トリビュート」と言い直し、さらにシルヴェリオが「あれは戦争じゃなくて侵略だ」と言う。

これも興味深くて、『RRR』でもイギリスのインド植民地のひどさをインド人側が赤裸々に語っていた。

時代は変わったなあ。

なので私はシルヴェリオの気持ちが良くわかったのでなかなか面白かった。でも、スペイン語で英語字幕なので、見逃しているところも多いと思うけど。
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