イルーナ

メトロポリスのイルーナのネタバレレビュー・内容・結末

メトロポリス(2001年製作の映画)
4.5

このレビューはネタバレを含みます

海外では非常に高い評価を受けている一方、国内での評価は「美術も音楽もセンスも最高なんだけど……何か惜しい!」本作はこのケースに当てはまる有名な作品じゃないでしょうか。
昔から大好きな作品でしたが、当時はどこのレビューサイトを見ても微妙な評価を受けていて「えっ?!」となったのを覚えています。
あまりにも微妙な評価が多いので、その頃私もレビューするときにそれらと同調する事を書いてしまったことを覚えています。本当は何度も観るくらい好きな作品なのに。

手塚治虫の「初期SF三部作」の一つを原作にしており、発達しすぎた科学に逆襲される人類がテーマ。
その連想からか、バベルの塔(ジグラット)などメソポタミア神話もモチーフに加わっています。
原作のミッチイは「ティマ」、つまり原初の海の女神ティアマト由来の名前となっています。
(ちなみに原作のミッチイは両性具有で、喉の中に仕込まれたボタンを押すことで性別を切り替えられるという、あまりにも時代を先取りしすぎた設定!)
そして彼女を破壊しようと付け狙うロックは自警団マルドゥク党のメンバー。マルドゥクはティアマトを倒した国家の守護神。
原作では科学の危険性とミッチイの悲劇性に焦点を当てていましたが、本作は政治・階級闘争も深く絡んできます。
本作が国内であまり評価が高くなかったのは、そうした要素も入れたことで話が複雑になりすぎたと思われた部分もあったのかもしれません。
あと評価が低い理由はもう一つ、ケンイチとティマの声優についてもよく言われる気がする。
個人的には純朴なイメージがマッチしてたからそれほど気にならなかったのですが、悲鳴を上げるシーンとかは……うん。
周りが大ベテランばかりなので余計目立ってしまう。
(公開から20年経つと多くの方が鬼籍に入っていて寂しい限りです)

しかし作中のロボットの扱いが、今見ると外国人労働者そのもの。
多くが誰もやりたがらない危険な仕事や汚れ仕事に従事していたり、社会の底辺の人間たちから職を奪ったと恨まれているのが、まんま世界中で問題になっている外国人労働者問題じゃないですか。
事あるごとにロボットたちは徹底的に破壊される。それはもう徹底的に惨たらしく。ヒゲオヤジたちに雇われた刑事のペロにも同じ運命が待っている。
「どうして人間は、物事の解決に暴力を用いるのですか?」
「わかっているんだ俺たちも……確かにそこが問題なんだ、感情って奴がな。その振幅の中で、少しずつ進歩するしかないんだ。それを肯定しないと、俺たちは生きていけないのさ」
地下組織のリーダー、アトラスとのやり取りの後、あっけなく射殺されるペロ。
これだけ共感できる台詞を言わせておきながら、あっさり相手を射殺するという演出が恐ろしい……
まあ「物事の解決に暴力を使わざるを得ない問題」は後述のデウス・エクス・マキナでうやむやになってしまうのですが……

あらゆる対立や陰謀が渦巻く巨大都市メトロポリスを駆け巡るケンイチとティマ。そして二人を追うロック。
このロック、父親の愛を求めていながら全く受け入れられないというキャラクター。
ただでさえロボットを憎んでいるのに、よりによってロボットであるティマが父親の愛情を独占している。当然どうなるかはお察しの通り。
しかし彼のやることは尽く父親の意に反するものばかりで、勘当に近い扱いを受ける。それでもティマ抹殺に執着した結果……
その父親であるレッド公も、ティマのモデルを幼くして亡くなった娘にしている割には、愛情の向け方が絶妙に歪んでいる。
「感情に流されることのない絶対的な超人になって、世界を掌握しろ」だもんなぁ……
そして実際にその通りになって、世界は破滅へのカウントダウンを始める。
そこで流れたのは……『愛さずにはいられない』!このセンスよ!

絵コンテを見ているだけで冗談抜きに気が遠くなりそうなくらい精密すぎる都市。それが音を立てて崩壊していく。
それを彩るのは誰もが知っているスタンダードナンバー。滅びの美学という言葉を地で行くようなクライマックスです。
この部分は流石に当時から大きな評価をされていましたね。
ケンイチは超人の椅子からティマを引きはがすことに成功するも、兵器のコアとして取り込まれていたティマにはもはや、ケンイチすら敵としか認識できなかった。
それでもケンイチはティマを救おうと尽力し、記憶が戻り始めるが、あまりにも遅すぎた……
「わたしは……だれ……」が最期の言葉になったの、どういう意味なんだろうなぁ。
自分は何者か、人間かロボットか。それとも最初に覚えた言葉で最期を締めくくったのか。
いずれにしても、人間にもロボットにも超人にもなり切れずに散っていったティマの末路は美しくも切ない。
(ちなみに原作のミッチイの死にざまは、エネルギー源の太陽の黒点を喪失したことで肉体を維持できなくなり、直接的な描写はないものの、全身ドロドロに溶けて死ぬという凄惨極まりないものだった)

跡形もなく崩壊してしまった街。しかし、薄暗かった地下世界にも日の光が差すようになった。生き残ったロボットたちもティマの名前を連呼している。
エンドロール後の写真でケンイチはロボット会社を設立し、新たな共存の道を築こうとしている模様。
ティマの名前の由来になったティアマトは死後、その体の部位が新たな世界を作るための材料になったという。
人間たちから「天使みたい」と例えられるほど美しかったティマ。
未来からの啓示をケンイチに託した彼女の犠牲がきっかけで、新たな世界が生まれる土台が出来上がったのでした。
(にしてもティマがマネキン状態になっているのが気になる。復活させる気なのか、それとも……)
イルーナ

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