たく

正欲のたくのレビュー・感想・評価

正欲(2023年製作の映画)
3.6
生き辛さを抱えた人たちが、孤独に苦しみつつも自分のささやかな居場所を見つけようともがく重めの人間ドラマ。予告編で新垣結衣が取り調べを受けるシーンがあったので、てっきりクライムサスペンスかと思ってたら全然違ってた。その新垣結衣の感情を押し殺した演技が、あえて美しく見せない撮り方と相まって今まで見た中でダントツに良かった。世の中にフェチはいくらでもあるし、世間で普通と思われてる性的指向を持たないからといって幸せになれないわけじゃないと思うので、登場人物たちの極端に後ろ向きな考え方が今ひとつ刺さらなかった。稲垣吾郎は「十三人の刺客」といい、嫌な役が妙にハマるね。

冒頭の社員食堂のシーンで、給水機でコップからこぼれる水にさっそく「水」が本作の重要なキーワードであることが示される。チャプター仕立てで紹介されていく登場人物たちは、人と違う性癖や過去のトラウマによって生き辛さを抱えており、自己をひた隠しにしながら息苦しい生活を送ってる(ここで水の幻想と共にオナニーする新垣結衣のシーンは貴重!)。唯一「世間一般の普通の人」として登場する検事の寺井は常識的な価値観で凝り固まっており、不登校の息子を始めとして「普通じゃない人」を排除する残酷な他者として描かれる。

水フェチで桐生と繋がる佐々木がSNSで同類を見つけるところから仄かなサスペンス感が漂い、寺井の息子のYouTube動画に付くコメントを「念のため気をつけた方がよい」とアドバイスされたり、他チャンネルの巻き添えをくらって垢BANされるのが終盤の伏線となってたね。でも本作は終盤までこれといったことが起こらず、それにしては上映時間が長いと感じた。

過去のトラウマから男性恐怖症となった神戸が本作中で最もリアリティのある役柄で、心を閉ざした諸橋に歩み寄ろうとするシーンの感情の吐露が胸に迫る。彼女を演じた東野綾香が素晴らしく、映画初出演らしいけど今後注目だね。本作は「世間から理解されない性癖を持つことで幸せになれない」という描き方に若干の古臭さを感じて、いまいちピンと来ない。普通の恋愛ができないという切り口では「そばかす」の方がよほど新鮮だと思う。終盤、ある経緯から佐々木達が警察に掴まるのがちょっと強引過ぎやしないかと違和感あったけど、ラストで桐生と対面する寺井が彼女の言葉に打ちのめされる感じの幕切れが、ある意味で清々しかった。
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