幽斎

ナイトライド 時間は嗤うの幽斎のレビュー・感想・評価

ナイトライド 時間は嗤う(2021年製作の映画)
4.2
ドラッグディーラーが奔走する一夜の犯罪劇の一部始終を観客も体感、斬新なプロットのワンタイム・スリラー。アップリンク京都で鑑賞。

裏社会から足を洗うべく賭けに出た主人公が、真夜中の北アイルランドのベルファストを車で奔走する姿を94分間のワンショットで圧倒的な没入感で描き出したレトリックが秀逸。車内から掛ける電話の向こう「姿なき」人物が命運を握るが、彼らは死神か?、ソレとも愚者か?。絶体絶命の夜の帳の幕が開く。

北アイルランド出身Stephen Fingleton監督は日本では全く無名だが、イギリス映画を好んで見る私には待ちに待った檜舞台を素直に喜びたい。長編デビュー「THE SURVIVALIST」日本未公開だが、英国アカデミー賞で映画賞と新人賞ノミネート。アイルランドのアカデミー賞IFTAで新人監督賞。長編2作目の本作でもIFTA映画&ドラマ賞、Moe Dunfordが最優秀主演男優賞に輝く。

成功の第一は脚本Ben Conwayの精巧なプロット。彼は監禁スリラー「Bugaloo」ダブリン映画祭で評価され、COVIDでロックダウンしたベルファストの世情を逆手に取るプロットで執筆。監督は1日11時間のリハーサル。ソレを1週間重ねた後、6晩で全6テイクを撮影。ロックダウンで閑散とした街で本番撮影中、本物の地元警官に職務質問されるが、Dunfordは役のままアドリブで対応し撮影続行、作品にそのまま反映させた様に、リアリスティックなモチベーションはアクシデントすら力に変えた。

没入感は監督の巧みでクレバーな演出が成功の第二だが、やはり主演Dunfordの存在感が成功の第三。日本では監督同様に無名だが、有名な作品と言えばNetflix「悪魔のいけにえ レザーフェイス・リターンズ」脇役。本作が実質初主演だが、スリラー小説の世界で言う「Corkscrew」正に練りに練った脚本に順応した一人芝居は一見の価値アリ。彼と同じ時間軸を観客も共有する形でボンネットに同乗する。

ワンタイム・スリラーなのでゴールは借金返済のリミット午前零時に設定。度々指摘して恐縮だが「ワンカット映画」と言うのは此の世に存在しない。ソレを言うなら「ワンショット映画」でレビュー済「1917 命をかけた伝令」、日本なら「カメラを止めるな!」。カットはショットに対する和製造語、覚えて帰って下さい(笑)。邦画に詳しい友人に依れば77分に渡りワンシーンワンショットの下村勇二監督「狂武蔵」有名らしい。

リアルタイム風は最初の喰い付きは良いモノの、演出に工夫が見られないと観客は直ぐに飽きてしまう。私の生涯一位作品「SAW」の様なサムシングが感じられなければ、プロットだけではダレてしまう。ほゞ車の中(外?(笑)でカーナビとの会話だけで展開するので、静的シーンが多いが、展開に動きが有るので意外と飽きない。クライムのテンプレ「闇金でカネを借りる」スタート、次にクスリを仕入れる、買値の倍で売り付ける、コレだけ(笑)。秀逸なのは単純な話が一周回って苦笑いする程にサイクルが狂う。

ドブ川の汚水の様に、展開が悪い方へ→悪い方へと流れる為、最悪と言う海へ行き付く焦燥感を観客もリアルに味わう。流れを食い止めようとするDunfordの行動に貴方も自然と応援するだろう。職質のシーンも普通の監督なら「ヤレヤレ」文字通りカット。だが、警官の顔にモザイクを施す、別の音声に吹き替える事を瞬時に計算し撮影続行。機転を利かせたDunfordのアドリブはクライマックスに匹敵。何処までが演出で、何処までがリアルなのか?トリッキーなハンドワームの会話劇は「Elaborate」緻密な、舞台劇でも通用するセンテンス。角度を持つレトリック故に、クライムのテンプレ的な分かり易さも良い。

秀逸なのはイレギュラー続出でもDunfordが決して声を荒げるとか、取り乱す様子が無い事。彼の表現の豊かさ、物語のコンポジション、演出技術の上手さも相まって、彼のプランはギリギリのスレスレを攻めた結果、笑える程に見るも無残に崩壊し七転八倒する。現実でも切羽詰まると本領を発揮する天才型は職場に一人は居るモノだが、彼も最悪のシチュエーションで、将棋で言う「最前手を打つ」イギリス英語で「Make the Best move」彼が戦国で言うなら黒田官兵衛の様なダークヒーローにも見える。

インプレッションも全てがオリジナルでは無く、ニアリー・テイストで言えば2013年「オン・ザ・ハイウェイ その夜、86分」。プロットなら2011年おフランス産「スリープレス・ナイト」後にJamie Foxxでリメイクされるが、私は監督が「参考に」(笑)したのはドイツ映画「ラン・ローラ・ラン」だと思う。POVのアイデアが出尽くした今でも、スパイスを加えれば新しい料理に変えられる事を証明。オーソドックスなテーマだがワンショットは技法では無く必然、故に観客もラストまで目が離せない。

ワンシチュエーションの難しさは自らのプロットに雁字搦めに縛られ、カタルシスも欠く事が多い。「SAW」以外で言うならレビュー済「THE GUILTY/ギルティ」数少ない成功例。レビュー済「パラノーマル・アクティビティ」ホラー系なら創り易いが、COVIDが蔓延する時世をレトリックに摩り替え、スリラーらしいドライな質感とウエットなスクリプトを武器に、本作だけのアイデンティティを導き出した。Dunfordは仲間を見捨てず、愛しい人を守り、犯罪に手を染めても人としての仁義を尽くし天命を待った。

「半分寝てた」と言う方は与えられた情報をトレースするだけで、自ら頭を働かせない指示待ちで受動的な姿勢、仕事でもソウなのだろうか?。ナビゲーションの声の向こうにイマジネーションを働かせ、展開を予想する様に自らへ働き掛けると、監督の意図が見えるアクティヴな姿勢。Dunfordは敵にすら「お前は賢い」褒められるが、貴方が仕事が出来る、出来ないにも通じるプレシャスだと思う。モキュメンタリーの先駆者「ジャージー・デビル・プロジェクト」変化球は此れからも私達を楽しませてくれるだろう。

原題「Nightride」直訳すると深夜バスだが、イギリス英語で「裏社会」ナルホド(笑)。
幽斎

幽斎