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独裁者たちのときのtaDaoのレビュー・感想・評価

独裁者たちのとき(2022年製作の映画)
3.5
【ピラネージ的見立て絵巻物】

今となってはアーカイブでしか見ることのできないカリスマ的個と陶酔する集団の姿。イデオロギー闘争の主導者達を崇め奉る有象無象の大衆が互いを憎しみ合い破滅へと至る20世紀的風景を、ピラネージ作品を空間の背景に据えて展開している。

ピラネージは崩壊しゆくバロック的世界観と、古代遺跡の発掘に触発されて台頭しつつあった新古典主義やロマン主義との結節点をなす18世紀イタリア人版画家で、さまざまな遺跡や廃墟を独特の遠近法で描いた。この作品では彼の版画作品のように意図的に遠近法が解体、歪められた異様な空間に天国の門が据えられ、これを目の前にしてスターリン、ヒトラー、ムッソリーニとチャーチル4人の指導者達は当てもなく徘徊する。
愛憎渦巻く感情や内面世界、ワーグナーへのロマンチックな憧憬を独白でぶつぶつ垂れながら、汎宗派的で無国籍的な廃墟を背景にして人物たちにズームイン/アウトを繰り返しながら絵巻物のように話が進む。彼らの発言の内容を精査すると時系列で整然と整理されてはおらず、過去→未来へと進む直線的な時間概念は成立していない。彼らは服装も年齢もバラバラな上、身体の大きさもあべこべな自身の分身を何人も引き連れながら政治家にしては瑣末な言い合いを大勢で繰り広げている。
この解釈は難しいが、大胆に推測するなら、指導者を通じて国民の希望の総体が同時多発的に発露した結果、支離滅裂なクソリプカオスが出現した。というのも政治指導者は国民の願望の体現者である筈だからだ、としておこう。

そして大衆の登場シーンは『イーリアス』や『平家物語』の卓越した語りにあるような、うねり荒れ狂う波の大軍勢として荒野から現れ発狂しながら指導者らに向かって行進する。中にはヒトラーを殺すと鼻息荒い青年もいるが輪郭が朦朧としたその他の群衆に埋もれていて少数派意見のように見える。大理石から削り出したような巨大で超現実的な舞台の前まで押し寄せる群衆に対して指導者たちは自分の溺愛するペットに接するようにニヤけて自己陶酔に浸り自分のイデオロギーの正当性を確信する。そんな指導者を嘲笑うように友情出演のナポレオンは門の先に進んだ筈なのに爆弾を持参して徘徊者側の世界に乗り込んでくる...

この映画は、世界のどこかに保管されているアーカイブを天国と地獄の間から立ち上がる景色に見立てている。その上で憎悪と陶酔が渦巻く記録を、過ぎ去った過去の遺物としてではなく現代につづく寓話として蘇らせた物語だと感じた。
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