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バック・ビートのninjiroのレビュー・感想・評価

バック・ビート(1993年製作の映画)
3.8
「5人目のビートルズ」

そんな称号を持つ人物は何人かいる。
この物語は、ビートルズがデビューする前、世界を席巻する前、そのメンバーでありジョン・レノンが最も愛した男の物語。

スチュワート・サトクリフ、通称スチュはアートスクール時代からのジョン・レノンの親友。ジョンはその芸術的才能と彼の率直な性格、そしてその美しい佇まいに惚れ込んで、半ば無理矢理自分のバンドに引きずり込む。
リヴァプールからハンブルグ、パブやストリップ小屋でドサ回りを続けるバンドは、その斬新なセンスから徐々に頭角を顕して行くが、その最中、スチュは写真家のアストリッドと恋に落ちる。

ザ・ビートルズという容れ物の中に巨大な個々の才能が集結し、今まさにロックンロールの歴史を塗り替えんが為の大爆発への鼓動が響く中、スチュはあっさりと成功への片道切符を棄てる。
それは単にアストリッドの為だったのか?
本作中ではその動機は明言しないものの、現実に彼はバンドを去った。

彼は作中、芸術やアストリッドに対し情熱的な一面を見せるが、基本的に摑みどころのない人格として描かれる。
それは、実際に彼の残した言葉やエピソードが余りに少ないことが原因しているのだろう。

その代わり、ジョン・レノンの言葉や感情は、タップリのFワードと共にダイレクトに我々に浴びせられる。
これが真実のジョンの心内なのか、それも最早確かめようがないが、スチュへの友情、嫉妬、捻れた愛などが、時に皮肉にまみれたジョン・レノン節で、時にただの一人の男の率直な感情の発露として伝えられる。

実はジョンこそが、この作中最も熱い愛のメッセンジャーなのだ。
あのジョン・レノンに、
男なら、こんな風に愛されたい。
女なら、こんな風に焦がれて欲しい。

観た人はきっと誰しもそう思うのではないか。

これは、スチュとアストリッドの恋の物語でありながら、若く激しいジョン・レノンの愛の物語でもある。


サウンドトラックが特に秀逸で、一時期CDで聴きまくっていた。
本作の為に結成されたバンドBackbeat Band、つまりはビートルズのコピーバンドであるが、そのメンバーはSoul Asylumのデイヴ・パーナー、The Afghan Whigsのグレッグ・デュリ、Sonic Youthのサーストン・ムーア、Gumballのドン・フレミング、R.E.M.のマイク・ミルズ、Nirvanaのデイヴ・グロールといった、当時のオルタナ好きには堪らない布陣。
荒々しく、また瑞々しく生まれ変わったロックンロール・クラッシックの数々、特にサントラの一曲目「Money ( That's What I Want)」のザクザクしたリズムはメチャクチャにカッコいい。

このBackbeat Bandのメンツは、ビートルズの遺したロックンロールの遺伝子が、幾つもの長い旅を経てまた集結したような、当時でいう最新型ハイブリッドオルタナバンドとでもいうものであったが、奏でる音は勿論ストレートなロックンロール。
それは、もしかしてこの音こそがハンブルグの場末のバーで、ストリップ目当ての客の罵声を浴びながらガムシャラに奏でる、未だ誰も知らないビートルズのビートだったのかも…という想像を掻き立てる微かなリアリティを湛えている。

だからこそ、劇中何度も繰り返されるその当て振りの演奏シーンの度、私達は鳥肌が立つ程に魅了されるのだろう。
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