開明獣

怪物の開明獣のレビュー・感想・評価

怪物(2023年製作の映画)
5.0
「海街ダイアリー」をたまたま観たのが、是枝裕和監督作品への旅の始まり。それから「誰も知らない」を始めとして過去作をいくつも訪れていった。

「私の名はダニエル・ブレイク」でパルムドールを撮った、ケン・ローチ監督との対談集や、「世界といまを考える」(1〜3) などの対談集を読んで、ああ、この人が心に響くのは究極のユマニスト(人道主義)だからなのだな、と得心した。常に目線を描かれる人たちと同じに保っている。無意味な断罪は決してしない。志が高潔なことが伝わってくる。だから、薄汚い政治家たちにとっては鬱陶しい存在なのだろう。

問題提起型の作風なので、扇情的な解釈で集客して飯の種にしている考察サイトや評論家からは敬遠されるタイプ。何故なら、一つの考え方を押しつけないから。

最近の若い人は優秀だ。分からないことはすぐにスマホで調べて納得する癖を身につけている。一方で危険なのは、そこにある情報が必ずしも正しいとは限らないことだ。誰かから何かを聞いた瞬間に思考停止になってしまうことは恐ろしい。是枝作品は、解を与えないから不満に思うこともあるかもしれないが、だからこそ、自分の目で見て確かめる大事さを伝えてくれる。

「怪物だーれだ?」と問われたら、殆どの人が怪物探しを始めるけど、でもそれって正しいことなのだろうか?という問いかけを私達は果たして日常的にしているだろうか?犯人探しより、人との繋がりの美しさや大事さに力点を置くのが、極めて是枝流な気がしてならない。

2作ぶりに邦画に戻ってきた是枝監督。今、日本で「世界の」という形容詞で修飾出来る映画監督は、2人しかいない。1人は新作が楽しみな北野武と、そしてこの是枝裕和。この2人ならば、欧米の名だたる俳優が、この人ならと出演してくれるだろう。それは2人とも、自分たちの映画世界が普遍性を持っているから。自己の世界に埋没して閉じこもるタイプの黒沢清にはない資質だし、濱口竜介は可能性は秘めているが、まだこれからだと思う。

私は本作を鮮やかすぎる人間賛歌の大傑作と呼びたい。世界のコレエダの、またとない傑作を再び劇場で観れる喜びを噛み締めることが出来て、この上ない幸せを感じることが出来た。

ありがとう、是枝裕和監督。
開明獣

開明獣