ariy0shi

アンダーカレントのariy0shiのレビュー・感想・評価

アンダーカレント(2023年製作の映画)
3.8
今泉力哉作品には、どれも独特の「軽さ」がある。
その軽さゆえにサラッと観てしまい、思いのほか掴みどころがなくて困ることもあるだろう。

この軽さの効用を挙げるとしたら、説教臭く重々しくないぶん、構えずに観ていられるということ。すっと、気がつかないうちに入ってきて、そのうち心の中でむくむくと何かが育っていくような感じがある。例えは悪いが、風邪をひく感じに似ている。喉に違和感が出始めるだいぶ前から、知らないうちに菌は体の中に入り込んでいる。

『アンダーカレント』は、同名の漫画を下敷きにしている映画であり、原作にある、主人公の関口かなえ(真木よう子)のトラウマなど意外と重かったりする。また失踪した夫の悟(永山瑛太)や、かなえが継いだ銭湯に身を寄せる謎の男・堀(井浦新)のバックボーンにも暗さが宿っているのだが、今泉ならではのいい意味での軽さは健在であり、今回もまんまと“今泉風邪”に罹患してしまった。

夫の失踪の理由に心当たりがない妻のかなえは、その後つまびらかになる自分の知らない夫の実情に驚く。4年間交際し、さらに4年間の結婚生活をともにした相手について、ほとんど何も知らなかったことに気がつく。「ひとを分かるということは、どういうことか」という問いが、この映画の背骨として貫かれる。

自分のことですら、よく分かっていないこと、あるいはあとになって分かることがあるのだから、そもそも他人の心中を外側から読んで理解するなんてことは極めて難しいことだ。

なぜなら、ひとの心は斑模様で、捉えどころがないからだ。例えば「怒り」という感情だって、憎しみの怒りもあれば悲しみの怒りだってあるわけで、怒りの本質が何なのかは怒っているひとを見ただけでは分からない。「ひとに言えない、心の奥底の秘密」だって、誰にも触れられたくないと同時に、誰かに聞いてほしいと願う、相反する思いが混在しているものだったりする。

ひとはひとつに同定されるべき存在というより、常に揺らいでいて、一様ではない生き物だ。それはつまり、人間という生き物が「分かりうる存在」とは程遠いことを意味している。とはいえ、「ひとを分かること」の不可能性に絶望するには早すぎる。

ひとを分かるということは、分からないということを分かるということ。
その上で、自分や相手を分かろうとすること。
分かりたいと思えるなら、そこには希望があるということ。
映画の最後のシーンでは、まさにそういうことが表現されていたと思う。
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