ariy0shi

街の上でのariy0shiのネタバレレビュー・内容・結末

街の上で(2019年製作の映画)
4.5

このレビューはネタバレを含みます

主人公の荒川青(若葉竜也)は、まるで穴が空いているのに膨らんだままの風船のようだ。

下北沢で古着屋を営むお人好しの青が、個性豊かな女性たちに次々と振り回される。浮気された彼女にフラれたり、とつぜん自主制作映画への出演を依頼されたり、本屋の女の子に聞いてはいけない質問をして怒られたり。

そのたびに、プシューっとかすかな音をたてて風船は少し萎むけど、程なくしてもとのかたちに戻っていく。さんざん青を振り回してきた女性たちは、そんな風船のように柔らかく、どこかフワフワとして頼りがいのない青に魅了されていく。そんな話だったように思う。

ある日のこと、青は自主制作映画に出演してもらえないかと学生監督に乞われ、戸惑いつつも出演を承諾する。しかし、あまりの演技の下手さ加減に、青のシーンは代役のものに差し替えられてしまう。この時も、青はプシューっと力なく空気を漏らすだけで(もちろん例えである)、破裂するようなことはなかった。

逆に怒りをあらわにしたのが、青の自主リハーサルに付き合った本屋の田辺冬子(古川琴音)だ。彼女は監督の高橋町子(萩原みのり)に食ってかかる。なんで荒川さんのシーンを全部カットしてしまったのか。一生懸命練習していたのに。存在の否定じゃないか、と。

このシーンでは、「街の上では、どんなひとの人生も等しく存在している」というメッセージが込められている。下北沢の狭いエリアにひっそりと暮らす青も、青の店で痴話喧嘩をする若い男女も、下北に憧れる女の子も、通りがかりのひとをつかまえて恋心を吐露する警察官も、確かに街の上に存在してるということ。そこに優劣などはない。ただあるということを受け止める包容力こそ、この映画の、そして青というキャラクターの真の姿のような気がするのだ。

とはいえ、登場人物のなかで誰に気持ちが引き寄せられたかと聞かれれば、そこに一番が存在するのもまた事実である。それは断然、城定イハ(中田青渚)なのである。

映画のラストに向かって、淡々と流れるカット割が実に秀逸だった。
試写会を終え、打ち上げに顔を出さずに青の店にやってきたイハは、「青も映画に出てましたよ」と嘘をつく。もうこの時点で、イハの青に対する気持ちが滲み出ていて身悶えしてしまう自分がいた。

イハとの会話を終え本に目を落とす青。
その青に眼差しを向けながらも、所在なさげなイハ。
その後、青と寄りを戻した恋人の川瀬雪(穂志もえか)が、青の部屋で椅子にちょこんと座り、青と同じように本に目を落とすシーンに移り変わる。

セリフも音もなく切り替わり映し出される3人の表情に、三者の関係性がしっかりと表現されていている。いかにも今泉力哉監督っぽい演出に胸がスッとして、映画は終わる。ああ、今回もいい作品だったと。
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