かなり悪いオヤジ

Winnyのかなり悪いオヤジのレビュー・感想・評価

Winny(2023年製作の映画)
3.4
「殺人事件で凶器として使われた包丁を作った人間を裁けるのか」違法ダウンロードによる著作権侵害を助長した罪に問われた伝説のプログラマー金子勇(東出昌大)を主人公にした法廷ドラマである。この金子勇が開発したWinnyとは、p2p技術を使ったファイル共有ソフトだそうなのだが、金子を起訴した警察や裁判官同様、IT素人の私がその何が画期的なことなのか、東出昌大扮する金子の話を聞いてもちんぷんかんぷん。フィンテックの基本技術であるブロックチェーンも、金子の作ったこのWinnyを元にしていると聞いて、初めてその凄さが実感できたのである。

ビル・ゲイツやスティーブ・ジョブズがこのソフトを手にしていたのならば、すぐさま特許申請してガッポリ著作権料を稼いでいたと思われるのだが、技術力はあっても金儲けには疎い他の日本人技術者同様、短時間で開発した画期的なWinnyをこの金子、よりによって魑魅魍魎が跋扈する“2ちゃんねる”にアップロードしてしまうのである。予想どおりこのWinnyが公開されるやいなや、若者の間で違法ダウンロードが急増、ソフト業界も大ダメージを受けたとか。おいおいITオタクの分際で余計なことしてくれやがって、というのが金子を起訴した警察の本音だったのではないのだろうか。

映画自体は、その金子勇と弁護士(三浦貴大)の友情を軸に敗訴になるまでを(実話ベースで)描いているのだが、オチに警察の横領事件との関連を匂わせている程度で、金子自身の発言「著作権の概念に風穴を開ける」という点についてはまったくの説明不足、ほとんど触れられていないといってもよいだろう。この裁判実は、著作権侵害による被害者が(ソフト業界以外)誰もいないというところがミソなのである。ことWinnyに関していえば、2ちゃんにアップロードした段階で金子自身の著作権は放棄されているわけで、その著作権利者の存在しないソフトを使って誰かが法を犯したとしても、その開発者の罪を問うことはできないのではないか。映画はむしろそこに切り込むべきだったのである。

ところが金子勇の人畜無害な性格にばかり焦点を当てすぎたあまり、ナイーブなITオタク養護のための(一般人の共感が呼べない)作品になり下がってしまったのである。ジム・ジャームッシュは『オンリー・ラバーズ・レフト・アライブ』の中で、映画監督と観客とのダイレクトな流通システム構築を夢想していたが、このWinnyの技術をもってすれば、一対多のシームレスな配信システムの構築ももはや夢ではない気がする。そこは、ネトフリやアマプラなどのポータルも不要となる、究極の中抜きシステムといってもよいだろう。金子の言う“風穴”とは警察などの公権力ではなく、著作権保護という名目でクリエイターを雁字搦めにするマーケットに対して開けられるべきものだったのではないだろうか。

“47がんばれ”のコメントとともに、2ちゃんねるユーザーから善意のカンパが多数振り込まれたように、才能あるクリエイターは、政府の援助金や配給会社の出資金に頼らずとも、クラウドファンディング等によって映画などのソフト作りを自由に行うようにならなければ、いずれ日本いな世界の文化は(商業用途やプロパガンダ作品ばかりとなって)すべからく滅び去ってしまうだろう(既に滅びかけている気がしないでもないが)。「プログラムは私の表現方法なんです!」金子のこの言葉は、プログラマーのみならずすべてのクリエイターの心境を代弁した、悲痛な叫びだったはずなのだ。