シュローダー

夜明けのすべてのシュローダーのレビュー・感想・評価

夜明けのすべて(2024年製作の映画)
5.0
三宅唱作品にまたしても「参りました」という言葉を言わざるを得ない事態になる事を、非常に嬉しく思う。やはり日本映画界の最重要人物の1人であることは疑いようがなくなった。瀬尾まいこによる同名小説の映画化であり、これまでの三宅唱作品と比べてもそれなりに規模の大きい企画であることは想像に難くない作品であるが、寧ろ今まで以上に作家性がビンビンに発揮されていることに驚くべきだろう。劇中に登場するドキュメンタリー映画を制作する中学生2人組は明らかに「ワイルドツアー」からのレファレンスであろうし、何より渋川清彦が登場するのがフィルモグラフィーを踏まえると堪らないものがある。物語の語り方も実に三宅唱的であり、PMS(月経前症候群)を抱える女性と、パニック障害を抱える男性が「相互理解」を果たしていく過程が如何に美しく尊い物であるか。それを全く持って「押し付けない」作劇が夜明けの空の星のように輝いている。この映画を観ていて唸ったのは「対照的」である事を極めた演出。「ケイコ、目を澄ませて」では徹底して「世界で孤独に生き抜かなくてはいけない人」を描いていたが、今作は「恋愛関係だったり、常にその場にいることは全くもってどうでもよく、心の深い部分で繋がった誰かと同じ時間を生きていく」という事について語っていて、ある種のアンチテーゼとなりうる物語を打ち出しているし、冒頭でどんよりとした土砂降りの雨の中に倒れている上白石萌音のナレーションから始まり、爽やかな朝の光の中の雨に身を委ねる上白石萌音の姿と松村北斗のナレーションで終わる構成、上白石萌音が松村北斗の家を訪ねる時と、松村北斗が上白石萌音の家を訪ねる時。この2つの構図や、脚本上どの位置でそれらのシーンが来るか。が綺麗に対照を成している所など、巧いな〜と思わされるディテールが盛りだくさん。「ケイコ、目を澄ませて」から引き続く16mmフィルム撮影も円熟を増し、寄りの画をほぼ撮らず、常に一歩引いた位置にカメラを置いてしかもそれらが常に間違いのない完璧な構図を映し出していく。上白石萌音が会社でカセットテープを聞き、その奥に松村北斗が立つ場面なんかは、今年これ以上に完成された構図のショットが見れるのだろうかと惚れ惚れしてしまった。そんなこの映画に生き血を注いでいるのは間違いなく役者陣の力であるが、上白石萌音のある種二重人格的な両極端な感情表現を極めた演技も、松村北斗の「こいつ本当は優しい奴なんじゃん」と行動で示していく演技も、全てが愛おしかった。松村北斗が上白石萌音からもらった自転車を漕いでるだけで涙が出てくるのは間違いなく彼らの人生に思い入れているからであるし、思い入れているからこそ、彼らのLINEでのやり取りを文面を見せず、彼らが微笑む表情だけで済ます事が出来るし、芋生悠との関係性のあれこれだったりを大胆に省略する事にも何ら問題はない。人生の「余白」を取り立てずに俯瞰し、映画が終わるその瞬間にこそ人生が始まっていく。この作劇によって、三宅唱の映画でしか味わえない後味が確かに生まれている。今年は濱口竜介の新作もあるし、日本映画がアツい1年になるのが楽しみである。