シュローダー

悪は存在しないのシュローダーのネタバレレビュー・内容・結末

悪は存在しない(2023年製作の映画)
5.0

このレビューはネタバレを含みます

濱口竜介作品を観る時には、いつも言いようのない緊張感が漂うものであるが、その緊張に違わないだけの作品が毎回お出しされる。今作もその前例通り、度肝を抜く映画体験であった。元々この作品は映画ではなく、石橋英子氏のライブパフォーマンス用のサイレント映像を依頼されたことから始まり、後から映画になったという経緯がある。故にこの映画はいつもの濱口竜介作品に比べても圧倒的に行間を読ませる作りになっている。登場人物の関係性はよく考えないとわからないし、カットとカットの間で何が起きて繋がっているのかも曖昧にしている。物語やセリフも非常に抽象度が高く、過去の濱口竜介作品で言えば「不気味なものの肌に触れる」に近いようなハイコンテクストな作風で、「寝ても覚めても」「ドライブマイカー」「偶然と想像」のようなキャッチーさとは距離を置いたまさしくアート映画という感触に仕上がっている。それを加速させるのが撮影の妙。今作は濱口竜介映画を多く観てきた自分のような人間でも改めて感心させられるような、大胆不敵なカメラワークが数多く用意されている。パンフレットにも書いてあったが、「誰かの視点の代わりとしてのカメラではなく、カメラはカメラであり、現実のどこに置くかでしかない」という事を痛感させられるような、「カメラで撮られた映像」であることを敢えて意識させるような実験的映像化が続いていく。特に素晴らしかったのはやはり「だるまさんが転んだ」の場面。あの横移動の強烈さ、そこからシームレスに繋がる次のショット「これはどこにカメラを置いているんだろう」と思った矢先に「あ、車の後ろにつけてるのか」と気付かされ、そこから長い運転シーンへと繋がっていく。こういう新鮮な驚きがこの作品には溢れていたように思う。勿論、濱口竜介作品十八番のディテールも沢山。棒読みが故にテクストの一つ一つを「聴く」事に没入させる会話、説明会のシーンでの「PASSION」の教室の場面を想起せざるを得ない緊張感漂う空間づくり、車の中のグランピング担当者2人の会話や、うどん屋の場面などで思わず爆笑させられてしまうさりげないユーモアなど、「あ、今濱口竜介の映画を観てるなぁ」と実感させられる瞬間が数多くあった。そして、おそらく今作が賛否両論を極めるであろう原因である非常に衝撃的で抽象的なラスト周りの展開。僕自身は全く難解とは感じなかった。何故なら、説明会の場面で「上流と下流」の件が暗示的かつ、作品内批評的に語られているし、濱口竜介作品で繰り返し訴えられている「相互理解が可能だという微明の名の下に発生する暴力」という構図を超自然的システムに再構成させたものとして受け取ることが出来たから。言うなれば「アンチクライスト」のラストで描かれていることに近いようにも思う。安易な共感や理解を拒み、起きたことをひたすらに受け止める他ないという体験は、最近の映画では色んな要因が重なって中々味わいづらいものであるが、本作は雑味の一切ない映像と物語を純粋な気持ちで楽しむ事が出来た。こんな体験をさせてくれる映画を作ってくれる監督はやはり貴重だなと改めて感じることとなった。濱口竜介の新境地を見る事が出来て幸せです。暫定今年ベスト。